文化・芸術

2019年8月23日 (金)

八坂庚申堂

八坂庚申堂


八坂庚申堂は、法観寺に隣接していることもあって、京都の観光名所になっているが、八坂にあるということもあって、祇園花街の人たちの信仰が厚い。


門を入るとすぐのところに、たくさんの「つるし猿」が吊るされている。

面白いのは、八坂庚申堂では「くくり猿」がお守りの「お札」として売られていることだ。「くくり猿」の体内には御本尊青面金剛の御札が納められ、開眼の秘法によって魂が込められている。単なる土産物では無く、八坂庚申堂の神(ご本蔵青面金剛)の霊の入った『御守』である。

この霊験あらたかな「くくり猿」は、祇園界隈では軒先に吊るす家が多い。祇園花街の舞妓さんも八坂庚申堂でこの「くくり猿」を買い求める人が多く、八坂庚申堂では、舞妓さんの姿をよく見かける。


八坂庚申堂: http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/yasakakousin.pdf

 

 

習近平の思想と知恵(その13)

習近平の思想と知恵(その13)

天命思想・・・中国の経験に対する自信と自覚

 

2013年12月、毛沢東同士生誕120周年記念座談会でのスピーチ

我々はここ90年余りの党と人民の実践およびその経験を片時も忘れたり寸時も見失ってはならず、身を処する上での根本原理として捉え、「既不妄自菲薄、也不妄自尊大」(何かと自分を卑下したり尊大ぶったりせず)、党と人民が長期にわたる実践探索によって切り開いてきた正しい道を一切迷うことなく歩まなければならない。


「習近平の思想と知恵」(2018年4月、科学出版社東京株式会社)では、次のように述べている。

「既不妄自菲薄」と「也不妄自尊大」はいずれも中国人がよく耳にする成語である。前者は三国時代蜀の諸葛亮(諸葛孔明)の「出師表」(227年、孔明が劉備の死後即位した劉禅に、出陣に際し奉った文)(何かと自分を卑下したり、自分の都合の良い話をして、家臣の心から諌めを封じ込めてはいけない)による。
後者は六朝宗の范曄(はんよう)の「後漢書」馬援伝の言葉で(公孫述は井の中の蛙で、何かと尊大ぶっています)という意味である。

習近平はこの二つの言葉を使って、中国独自の社会主義の道を堅持する過程で社会に生じる二つの誤った傾向に警鐘を鳴らそうとした。その一つが「妄自菲薄」という虚無主義であり、もう一つが、「妄自尊大」という閉鎖的な硬直化である。
「妄自菲薄」に陥っている者は、西洋文明を人類普遍の唯一の形式とみなす過ちを犯している。

「妄自菲薄」という不健全な考えを克服するためには、中国独自の社会主義という道筋・理論・制度に対し揺るぎない自信を持たなければならない。中国の歩む道は旧ソ連のスターリンのそれとも、資本主義が歩んだそれとも異なる。
我々は中国独自の社会主義を維持し、それを保障しなければならない。

 

「習近平の思想と知恵」(2018年4月、科学出版社東京株式会社)の記述は以上であるが、そこに述べられているように、『「妄自菲薄」に陥っている者は、西洋文明を人類普遍の唯一の形式とみなす過ちを犯している。「妄自菲薄」という不健全な考えを克服するためには、中国独自の社会主義という道筋・理論・制度に対し揺るぎない自信を持たなければならない』のである。

政治についても、現在、西洋の民主政治が理想の政治形態だというのが私たちの常識になっているようだ。しかし、果たして民主政治が理想の政治形態であろうか。民主政治の対極にある政治形態として中国における天命による政治形態があり,これもなかなか捨て難い政治形態である。

中国5000年の歴史の中で、多くの王朝が興りそして滅びた。興亡の繰り返し、それが中国の歴史である。王朝の興亡、それらはそれぞれに歴史書が書かれているので、それら歴史的経験を今に活かすできる。さらに、それぞれの時代に多くの思想家が出ているので、その人たちの書物を今に活かすことができる。

習近平は、それらをしっかり勉強し、今の政治に活かしている。

王朝の興亡を通じて得られた政治思想、それが天命思想である。


天命政治(天命思想による政治)については、私の説明したものがあるので、参考のために紹介しておこう。
二つの政治形態: http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/hutatuno.pdf
天命による中華の政治: http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/tenmeiseiji.pdf

 

日本の林業の現状(その2)

日本の林業の現状(その2) 

戦後の拡大造林


昭和20年~30年代には、日本では戦後の復興等のため、木材需要が急増しまし た。しかし、戦争中の乱伐による森林の荒廃や自然災害等の理由で供給が十分に 追いつかず、木材が不足し、高騰を続けていました。 このため、政府は造林 を急速に行なうため「拡大造林政策」を行いました。
*「拡大造林」とは* 「おもに広葉樹からなる天然林を伐採した跡地や原野などを針葉樹中心の人工林 (育成林)に置き換えること」です。

伐採跡地への造林をはじめ、里山の雑木林、 さらには、奥山の天然林などを伐採し、代わりにスギやヒノキ、カラマツ、アカ マツなど成長が比較的早く、経済的に価値の高い針葉樹の人工林に置き換えました。 政府は「木材は今後も必要な資源で、日本の経済成長にも貢献する」と判断しま した。そして、木材の生産力を飛躍的に伸ばし木材を大量確保するため、拡大造 林政策は強力に推し進められました。

京都関係の小唄(その7)

京都関係の小唄(その7)

三つの車

この小唄の歌詞は、次の通りです。

(二上り)
三つの車に法の道
火宅の門をや出でぬらん
ソラ出た生霊なんぞはおうこわや
身のうきに人の怨みはなんのその
わたしの思いはこわいぞえ
なぞと御息所は乙うすまして
お能ががりでおっしゃいましたとサ
のうまくさんまんだばさらんで
ヤンレ身をこがしたとサ
悋気と浮気は罪なもの

 

しかし、この歌詞は大変難しく、何を歌っているのか判らないだろうと思う。そこで浅学な私であるが、思い切ってその解釈をしてみたい。

三つの車すなわち苦しみに満ちたこの世を逃れる道として仏教がある。
火宅の門すなわち煩悩に満ちたこの世から
あの世に御息所はきっと行ってしまったに違いない。
ソラ出た。御息所の生霊なんかはおお怖や。
御息所のつらさに比べれば人の怨みなんて大したことはない。
わたしの思いはこわいぞえ、
なぞと御息所は乙うすまして
お能ががりでおっしゃいましたとサ。
のうまくさんまんだばさらんで、と真言を唱えながら
ヤンレヤンレ、御息所は身をこがしたとサ
悋気と浮気は罪なもの


小唄「三つの車」の歌詞の意味を書いてみたが、この歌詞は4つに分かれていて、最初は「この世を逃れる道として仏教があるのだが、御息所は仏道を歩まず、あの世に行ってしまった。」というものでる。
二番目は能『葵上』の場面を小唄で歌ったものである。能『葵上』の後半の主人公は、鬼の姿と変じた六条御息所の生霊である。御息所の嫉妬による怒りと悲しみは、「般若(はんにゃ)」の面で表現されている。鬼となった御息所は葵上を取り殺そうと登場、そこへ行者がやってくる。
三番目は、能から離れてではあるが、脳の中で行者が唱えたように「のうまくさんまんだ」と真言を唱えながら、身を焦がす。
四番目は、最後のオチで「悋気と浮気は罪なもの」とこの世の生き方を歌う。

この作詞作曲は、平岡吟舟である。平岡吟舟は本名煕 (ひろし) 。車両製造業を営み、実業家として鉄道の建設などに貢献し、野球を日本に紹介するなど多方面に活躍する一方、小唄の作詞作曲を行い、1902年には邦楽諸流派の長所を取入れて東明節 (東明流) を創始した。代表作は、小唄『逢ふて別れて』と東明流『大磯八景』である。


御息所は正式には六条御息所という。
六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ、ろくじょうみやすどころ)は、『源氏物語』に登場する架空の人物である。桐壺帝時代の前東宮(前坊)の妃で、六条京極(現在の京都市下京区本塩竈町附近)に住まいを構えていることからこの名がある。光源氏の最も早い恋人の一人。
強い嫉妬のあまり、生霊として人を殺すなどの特異性から、多くの作品の題材ともなってきた。
その内、小唄で歌われたのが、平岡吟舟作詞作曲の小唄「三つの車」である。

立花家美之助が歌う「三つの車」がYouTubeにアップされているので、まずそれを紹介する。
https://www.youtube.com/watch?v=7_5bfQn0aT0

平岡吟舟作詞作曲の小唄「三つの車」を最初に歌ったのが、私たちの春日流の創始者「春日とよ」で、春日流では今に引き継がれている。立花家美之助が歌う「三つの車」とは少し異なるところがある。春日流の「三つの車」が本流というか平岡吟舟作曲の「三つの車」なのである。それを私は、私の師匠である小宏師匠から、習った。今では、私の好きな小唄の一つになっている。


では、最後に「源氏物語」の舞台になった野宮神社が現在も京都の嵯峨にあるので、それを紹介しておきたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/nonomiya.html
そして、嵯峨の野宮神社を舞台として展開する御息所の話を詳しく紹介しておきたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/miyahanasi.pdf

以上説明が長くなってしまったが、私の稽古中の小唄「三つの車」を紹介したい。

https://www.youtube.com/watch?v=DX3V63loxm0

2019年8月20日 (火)

平野神社

平野神社 


高野新笠の祖神として平城京に祀られていた神祠が今の位置に祀られ、格式の高い、また広大な神社となったのは、今の桓武天皇の意思によるものである。

桓武天皇は、高野新笠の一族に大事に育てられ、道教の思想という新知識を身につけていく。その新知識がなければ、平安遷都はありえなかった。母親思いの桓武天皇は、母親に感謝しながら、平野神社の創建に力を注いだようである。

平野神社 :http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/hiranojinjya2.pdf

習近平の思想と知恵(その12)

習近平の思想と知恵(その12)


党員の資質・・・党の自己建設を絶えず強化する

 

2012年11月、新中共中王政治局常務員会内外記者会見でのスピーチ


「打鉄還需自身硬」。我々の責任は、全党の同志とともに、党が自ら党を管理し、厳しく党を律することを堅持し、自身に存在する顕著な問題を着実に解決し、職務態度を着実に改め、大衆に寄り添い、そうすることによって我が党を終始一貫、強固な指導的中心に据えることである。

 

「習近平の思想と知恵」(2018年4月、科学出版社東京株式会社)では、次のように述べている。

「打鉄還需自身硬」とよく言われるが、その意味は「鍛冶屋たる者、自分が頑丈でなければ頑丈な鉄器を鍛え上げることはできない」という意味である。それを敷衍すれば、何をするにせよ、自分がその使命や任務を達成するのにまずどんな資質を身に着けるべきかを真っ先に明確にする必要がある。仮に自分の力量が不十分であるなら、与えられた任務を達成することはできない。また同時に、正しい思想や価値観、毅然たる気概も持たなくてはならない。

習近平は新政治局常務員会内外記者会見においてこの言葉を引用し、中国共産党の自ら律する問題に対するメディアの関心に応え、この点に対する彼自身の関心の深さを存分に示した。国を治めるには党を治めることが先決で、党が国をきちんと治めるには、当自身が毅然として正しくあらねばならず、常に自身の能力を向上させ、自身の先進性と汚れのなさを保たなければならない。

今日我々が心を痛めているのは、党の指導的幹部の中に、尊大ぶって大衆を顎で使う者、信念に欠け共産主義を蜃気楼のような幻想と考える者、人民に賦与された権力を私利私欲の道具にして金と名誉に目が眩み自分を骨抜きにしてしまった者がいることである。それは人民大衆を失望させるばかりか、党のイメージをも直接損なっており、政権政党としての中国共産党がもしこれらの問題をなおざりにして懲罰を加えなければ、党の根幹が揺らぐであろう。
政党たるもの、必ずや常に情勢に対する明確な認識を持ち、人民大衆との骨肉の関係を強化し、自覚して免疫力を高め、自身の権力の増大、地位の向上に伴う腐敗リスクを強力に抑制し消去しなければならない。

中国共産党員は直面する状況をしっかり認識し、自分に負荷を与え、絶えず適応し前進していかなければならない。
また同時に、新しい情勢、新しい試練、新しい問題に立ち向かうため、自身の能力を絶えず確かなものとし向上させなければならない。


「習近平の思想と知恵」(2018年4月、科学出版社東京株式会社)の記述は以上であるが、習近平は、党と党員とは一体であると考えており、党員の資質の重要性を語っているのだが、党と党員とは一体であるとの思考は非常に奥深い思考であり、私は、やはり習近平は素晴らしい指導者であると思う。

それでは、党と党員とは一体であるという思考がなぜ奥深い思考なのかを説明しておこう。
それにはまず華厳哲理の説明から始めなければならない。

華厳経は、釈迦が成道後まもなく悟りの内容をそのまま説いた経典であり、「一即多、多即一」の純粋な大乗哲学である。華厳宗(けごんしゅう)は、中国において、華厳経を究極の経典として、その思想を拠り所としてできた宗派である。開祖は杜順、第2祖は智儼、第3祖は法蔵、第4祖は澄観、第5祖は宗密と相承されている。「一即多、多即一」という思考というのは、絶対的思考と相対的思考を超越した素晴らしい思考である。このことについて述べておきたい。

絶対的思考と相対的思考とでは、「社会の責任」についての捉え方が全く逆になっている。
絶対的思考では「社会の一部の者が責任者である方が、社会の責任の所在がはっきりする。権力を庶民にまで分散させると社会の責任も分散してしまい、社会の責任の所在がはっきりしなくなる」という主張である。
それに対して相対的思考では、「絶対権力者が常に責任を伴っているとは限らない。そして社会の責任が分散されていないために、社会全体で補助することができない。そのような状態で、絶対権力者が責任遂行を怠ったならば、社会全体が一気に衰退してしまう」という主張である。

結局、どちらにも利点と欠点が同居しているから、どちらかを一方的に「優れている」「劣っている」と決定できない。

したがって、両者の思考を弁証法的に超越する必要がある。その超越した思考が華厳経の哲理である。習近平が華厳経を勉強したとは思えないが、習近平の思考には華厳経哲理と同じ思考がある。つまり、社会(国)の責任というものは、絶対権力機構である共産党にあると同時に、共産党の構成要因である党員にもあると習近平は考えている。党と党員は一体のものだ。

中国では、すべての党員が、習近平ならびに党幹部と同じ価値観を共有して、社会(国)の責任を果たしているからこそ、中国は揺るぎない発展を続けることができるのである。

 

 

日本の林業の現状(その1)

日本の林業の現状(その1) 

はじめに


日本は国土面積の67%を森林が占める 世界有数の森林大国です。しかしながら供給されている木材の7割は外国からの 輸入に頼っているといういびつな現状になっています。日本の林業が衰退しています。山村地域では、林業の衰退と ともに、地域の活力も低下し、限界集落と呼ばれる問題まで起こっています。このままでは地域そのものが消滅してしまうでしょう。このことを政府はもっと真剣に考えるべきであります。

日本の林業の現状とあり方については、「森林・林業学習館」というホームページ( https://www.shinrin-ringyou.com/ringyou/
 )があって、とてもわかりやすく説明しているので、以下、それを紹介する。

なお、日本の林業のあり方については、世界的な木材の需給構造なども考慮に入れた論考「世界市場における木材需給の構造変化と国産材時代および新生産システムについて
」があるのでそれを紹介しておく。

https://www.nochuri.co.jp/report/pdf/r0703in1.pdf

京都関係の小唄(その6)

京都関係の小唄(その6)

光源氏

光源氏はもちろん紫式部の世界的名著「源氏物語」の主人公ですが、「光源氏」という小唄は「源氏物語」の主人公・光源氏のことを歌ったものです。

https://www.youtube.com/watch?v=EDynPvNhGK4

2019年8月17日 (土)

八瀬や大原

八瀬や大原

 

八瀬や大原とは、比叡山の西側の麓・高野川の沿岸地域をいう。この地域は、京都の中でも歴史も古く特別の地域である。

大原には、寂光院や三千院などの歴史的な寺院が多くの観光客を集めているし、慈覚大師創建の寺もある。また、京都の風物詩として大原女でも有名だ。しかし、私が是非みなさんに知ってもらいたのは八瀬である。

八瀬には、八瀬天満宮、かま風呂旧跡、八瀬平八茶屋などぜひ訪れて貰いたい場所もあるが、何と言っても、八瀬は「八瀬童子」の故郷であるということだ。八瀬童子は、日本古来の伝統・文化を色濃く伝承してきた部族の子孫であり、しかも少なくとも後醍醐天皇のとき以降天皇と密接な関係にあった人たちである。

ということで、京都の特別の地域「八瀬と大原」を紹介したい。

八瀬や大原: http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/yaseyaoohara.pdf

習近平の思想と知恵(その11)

習近平の思想と知恵(その11)

メキシコの発展・・・ラテンアメリカ諸国との協力と相互信頼を強化する

 

2013年6月、メキシコ上院における講話


中国には「路遥知馬力、日久見人心」という言い習わしがある。中国とラテンアメリカの関係の発展は、双方の関係の発展が開放的・包容的・協力的・共栄的発展であることをすでに証明しており、また引き続き証明するであろう。


「習近平の思想と知恵」(2018年4月、科学出版社東京株式会社)では、次のように述べている。

「路遥知馬力、日久見人心」とよく言われるが、大意は「道遠ければ馬の優劣がわかり、長くつき合えば人の心の善し悪しがわかる」ということである。
習近平は当時この言葉を引用して、中国とラテンアメリカの関係は開放的・包容的・協力的・共栄的発展であり、双方が互いに信頼し、コミュニケーションを図り、発展を模索すれば、時がたつにつれ互いの信頼はさらに深まるであろうことを伝えようとした。

当時、多くのラテンアメリカ諸国が中国との関係を発展させたいと望んでいたが、なお、アメリカの目を気にしないわけにはいかなかった。アメリカの締め付けが緩むと、中国との国交樹立が加速する。目下、中国はすでにラテンアメリカの21カ国と外交関係がある。また、現在台湾と「国交」がある20カ国あまりの中では、ラテンアメリカの国々が半数近くを占めている。

ラテンアメリカ諸国は一般的に面できが狭く、人口は少なく、国力は弱く、しかも長期にわたってアメリカの圧力に晒されていたため、経済発展の願いのほかに自主独立を渇望していた。習近平が「路遥知馬力、日久見人心」という言葉を引用して中国とラテンアメリカの関係を明確に表明したその中には、目先に捉われない、長期的戦略的視野も含まれている。我々が提起する協力発展方式は単純な経済貿易交流ではなく、経済から文化・衛生・スポーツに至る全面的かつ多層的な協力モデルであり、それこそがラテンアメリカ諸国にとって最も重要なのである。
中国とラテンアメリカ諸国はともに発展途上国である。双方は多層的な交流を通じて互いに助け合い信頼し合うメカニズムを構築し、両国人民の真の福祉を希求することができる。
「路遥知馬力、日久見人心」にはその意味も含まれているのである。

 

「習近平の思想と知恵」(2018年4月、科学出版社東京株式会社)の記述は以上であるが、メキシコの発展は、中国とラテンアメリカ諸国のみならず、日本にとっても極めて大事である。

日本とメキシコの交流は江戸時代に遡る。1609年、メキシコのロドリゴ・デ・ビベロ・フィリピン総督代理が台風のため千葉県御宿に漂着。漁民たちは寝食を忘れて献身的に救助にあたった。徳川家康はビベロの帰国のため、三浦按針に造らせた船を提供。翌1610年にビベロを乗せた日本船は太平洋を渡り、無事にメキシコに帰還した。この交流の始まりを記念し、400年後の2009年は、特に、我が国におけるメキシコ紹介、翌2010年には、メキシコにおける日本紹介に重きを置いて、更なる交流につなげようというのが、日本とメキシコの交流400周年事業である。

現在のメキシコは、世界14位のGDPを有する国で、1992年にはNAFTA締結、93年APEC加盟、94年OECD加盟と、着実に先進国への仲間入りを始めている。G8サミットなどの主要先進国の国際会議においても、メキシコはアウトリーチ会合(拡大会合)の常連の参加国であり、国際社会における存在感を増している。

このようなことから、日本は、メキシコの国際的地位を考え、さらに交流の歴史を考えるならば、今後さらに力強くメキシコの経済発展を支援し、メキシコ人の格差問題を解決するよう努めなければならない。メキシコ人の格差はひどく、麻薬の問題やアメリカへの不
法移民の問題が発生している。このような深刻な問題をメキシコは抱えているので、日本と中国がメキシコの経済発展を支援し、さらにさまざまな交流を深め、メキシコ人の人材が少しでも増えていけば、メキシコは立派な国になっていくに違いない。

日本は中国とともに、メキシコの発展を力強く支援したいものだ。

 

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