文化・芸術

2020年9月17日 (木)

高台寺

高台寺

秀吉が死んで、豊臣政権は、加藤清正、福島正則、黒田長政らおねのグループと石田三成のグループに別れて、内紛状態になっていく。そして、徳川家康の実力を認めるおねは、政権安定のため徳川家康に力を貸すのである。徳川家康自身の配下にも力のある武将は少なくないけれど、加藤清正、福島正則、黒田長政らおねのグループが力を貸したこそ徳川家康は天下を手中にすることができた。

秀吉が作り上げた政権を引き継いだ徳川家康は、寧々に感謝し、寧々の晩年の生活を助けるのである。そして創建されたのが高台寺である。
北政所ねねが、秀吉を偲び、また秀吉の霊を慰めながら晩年を過ごした所である。

高台寺: https://www.youtube.com/watch?v=Jf0Q-y0XEbQ

 

チベットいうところ(その7)

チベットというところ(その7)


次は成都とラサを結ぶ川蔵公路の様子である。これも日本人の旅日記である。シャングリラからもこの川蔵公路を通って行く。

https://4travel.jp/travelogue/10339659

 

田舎暮らしの勧め(その6)

田舎暮らしの勧め(その6)
田んぼの生態系

田んぼの水の中には、多くの生き物が住んでいます。エラミミズは土を食べます。土の中の栄養分を取り入れて、おしりからふかふかになった土を出します。栄養のある土づくりに役立っています。
田んぼで雑草(ざっそう)がのびるのをふせぐのに一役(ひとやく)買っているのが、ドジョウ。ドジョウは土を食べ、泥(どろ)をかき回します。水がにごり、太陽の光がとどかなくなって、雑草がはえにくくなります。

イナゴは、大量発生すると稲の葉を食いあらして、被害(ひがい)をもたらすため「害虫」と呼ばれています。カメムシも害虫です。カメムシは穂(ほ)の中の栄養を吸い取ってしまいます。

そんな「害虫」をやっつける生き物たちが、カマキリ、カエル、クモです。人間に利益(りえき)をもたらす生き物として「益虫(えきちゅう)」と呼ばれます。田んぼの中の生き物たちは、米づくりと深い関わりをもっているのです。

カエルの合唱
https://www.youtube.com/watch?v=jX6uVmmcfQs

田んぼにメダカ
https://www.youtube.com/watch?v=9IQ5TbZiCO8

田んぼのドジョウ
https://www.youtube.com/watch?v=H9-phX7_Q-A

鷺は田んぼの象徴
田んぼの生態系はまさに自然そのものですが、田んぼの生態系の頂点に鷺(サギ)がいるようです。
http://horiken-shikidayori.blog.so-net.ne.jp/2011-06-20

こうのとり
https://www.youtube.com/watch?v=uVUhQmr6L9I

沖縄の歌(その2)

沖縄の歌(その2)
島人ぬ宝

https://www.youtube.com/watch?v=F1dyRe24nkY&list=PLhJUDLWfWmvHtb0HDLKtVqtJwXBjkQ8gt

2020年9月14日 (月)

神泉苑

神泉苑 

平安京は、龍神の働きによって、永きに渡って繁栄が約束された都である。まあいうなれば、龍の都である。したがって、風水思想によって、龍穴に皇居、大極殿が造られた。風水思想によれば、もし龍穴の近くに龍の口があれば、この上ない理想的な都となる。神泉苑は正に龍の口でもあったのである。

神泉苑 :http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/sinsenenni.pdf

チベットいうところ(その6)

チベットというところ(その6)


チベットは交通の要所であり、現在、西寧のみならず、インドやカトマンズ、成都、シャングリラ、トルファンと繋がっているので、それを見ておきたい。

ラサからインドやカトマンズへの旅する人も多い。次はラサからカトマンズへ旅した日本人の報告である。引き続き旅行社の作ったホームページも見てください。実に美しい風景が紹介されています。
http://www.kaze-travel.co.jp/tibet_kiji004.html

田舎暮らしの勧め(その5)

田舎暮らしの勧め(その5)
民俗風習(その4)軒菖蒲

http://tititake.sakura.ne.jp/diary/nicky00056.html

軒先にショウブとヨモギを束ねて飾り、邪気祓い・厄除けとし、柏餅をご馳走になりました。また自宅ではショウブ風呂で身体の穢れを祓います。

沖縄の歌(その1)

沖縄の歌(その1)
十九の春

https://www.youtube.com/watch?v=CNlM3tkued8

2020年9月12日 (土)

下鴨神社

下鴨神社

何時のころか、葛城山麓を離れた鴨族の一派が奈良盆地を北上し、奈良山を越えて加茂町まで勢力を伸ばし、さらに現在の京都の上加茂、下加茂の辺りにまで進出して定着して鴨氏になったとされている。一方、『新撰姓氏録』によれば、応神14年に渡来したとされる秦氏も当初は「大和朝津間腋上地(わきがみのち)」に住んだようだ。腋上は秋津のすぐ近くである。秦氏も鴨族の移住と時を同じくして、京都盆地に入り込んだと思われる。

秦氏は京都盆地の鴨川、桂川などの氾濫原の開拓の中心となり、賀茂・松尾・稲荷などの神社とも深い関係を持ったのである。
上賀茂神社と下賀茂神社と・・・京都は遥か西の方、嵐山というか桂川の向こうにある松尾神社、この三つの神社が秦氏が祀った三所大明神と言われている。上賀茂神社と下賀茂神社とは言うまでもなく一体のもの。したがって、賀茂神社と松尾神社が秦氏を通して一つになっていることは大変興味のあることである。

賀茂建角身命は、古代の京都をひらかれた神さまであう。山城の国一宮として京都の守護神としてまつられているのである。平安京が造営されるにあたって、まず当神社に成功のご祈願が行われた。
一方、秦氏も、山背(やましろ)の地方豪族として平安遷都に尽力する。その際、損野広隆寺の敷地を平安遷都のために朝廷に提供し、寺を太秦に移転させるのである。

平安遷都は秦氏と賀茂氏一体となって初めて出来た大事業であったと思う。

下鴨神社: http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/simojin.pdf

 

チベットいうところ(その5)

チベットというところ(その5)


チベットは交通の要所であり、現在、西寧のみならず、インドやカトマンズ、成都、シャングリラ、トルファンと繋がっているので、それを見ておきたい。

まず、西寧である。ラサへの観光客はほとんど西寧から青蔵鉄道に乗ってゆく。
https://www.youtube.com/watch?v=Lc9M-WsqFvY

青藏国道を五体投地をしながらラサに向かう信者。
https://www.youtube.com/watch?v=tIU1_1rkH-Y

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