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2020年7月30日 (木)

水田農業のあり方(その6)

水田農業のあり方(その6)
第2章 水田農業の活路を探る(その2)
第2節 新たな共助・共存の仕組み

 

ひとくちに農村社会と言っても、いくつかの顔を持っている。

なによりも農村社会は農業や林業や関連する産業が営まれる空間であり、同時に多くの人々が暮らす生活のための居住空間でもある。多くの人々と述べたが、農村住民の職業は多彩である。

日本の農村は外からさまざまな人々が訪れる空間でもある。盆や正月には村の出身者やその家族が帰省する。一年を通じて旅行客も訪れる。現代の日本の農村では、農家民宿に滞在する機会や、体験型ツアーを楽しむ機会も増えている。これらを合わせてグリーンツーリズムと呼ぶこともある。日本の農村は人々がアクセスし、リフレッシュするための空間でもある。

このように農村社会はいくつかの顔を持っているが、以下では、農村コミュニティの生産の領域に話題を絞ることにしよう。なんと言っても、生産の領域が農村のコミュニティ形成の基軸であり、農村空間のありようを深いところで規定しているからである。


日本の土地利用型農業、とくに水田農業は二つの層から成り立っっている。二つの層のうち農業に固有の要素は基層である。上層が市場経済にしっかり組み込まれているのに対して、基層の機能は、農業水利施設や維持管理活動に典型的なように、コミュニティの共同行動によって支えられている。ここに農村の良さがある。身の回りの環境や施設は自分たちの手で保全し、自分たちのルールのもとで利用する。これが農村の伝統である。

戦後の経済成長の過程で農家の兼業化が進む一方で、少数ながら農業経営の規模拡大をはかる農家が出現した。野菜や果樹や畜産などの成長部門に活路を見出した農家も少なくない。かくして農業の規模と品目の幅が広がった。農業を中止した場合も、多くは地域に住み続けている。つまり元農家である。逆に、退職を機に農業に精を出すことになった定年帰農組もいる。近年は、外部から転居して、農業を始めるケースも見られるようになった。Iターンである。というわけで、現代の農村のコミュニティは著しくヘテロ化(異質なものの状態に変化)している。等質的なメンバーで構成された農村社会は過去のものとなった。コミュニティの共同活動との関わりで言うならば、メンバーがヘテロ化した状態とは、貢献と受益の関係がじめのものではなくなった状態と表現できる。それでも地域社会のさまざまな分野の共同行動は必要であり、さまざまなかたちで助け合いを欠くこともできない。つまり、現代の、そしてこれからの農村には、新たな共助・共存の仕組みが必要とされているのである。この点で筆者は、農村の現場の知恵として、従来とはひと味違う関係が生み出されていることに注目したいと思う。

現代でも多くの農村に共通しているのは、用水路や農道などの維持管理については、メンバーの等しい貢献が求められるスタイルである。このかたちのもとでは、小規模な農家や元農家にしてみれば、貢献の度合いに比べて小さな受益ということになる。逆に、広い面積を耕作する専業農家からみれば、地域の多くのメンバーの貢献によって生産基盤が支えられているわけである。けれども、専業農家は専業農家で、大型機械による作業を請け負うなど、小規模農家を支える機能を果たしている。不整形で作業効率の悪い農地も、集落の納期あの依頼であれば多少無理してでも引き受ける。これもよく聞く話である。技術面では、環境保全型農業の取り組みで専業農家や法人経営が一歩も二歩も先を歩んでいることが統計上にも確かめれれている。小規模農家にとっては身近にお手本が存在するわけである。同じ農業技術の面でも、園児や児童・生徒の体験学習の現場では、ベテランの高齢農家が活躍しているケースが少なくない。

まだいろいろな関係がある。生活面を含めれば、共助・共存のネットワークの種類は実に多彩である。それぞれのメンバーが、それぞれのポジションに応じてコミュニティの活動に参画し、同時にコミュニティの機能に支えられる関係である。以前の等質社会の共助・共存の仕組みよりも複雑になったと言えるかもしれない。加えて、かっての共同行動には、暗黙の合意の元で、あるいは決まりごととしての強制力によって遂行されていた面が強かったのに対して貢献と受益のバランスが自明のものとは言えない新たな共同の仕組みについては、メンバーが納得の上で参画する傾向が強まることであろう。そうしたなかで、集落のメンバー間の意識的なコミュニケーションの機会が従来にもまして大切になるに違いない。

苦戦組の代表であった水田農業にも、新しい姿へと発展する道筋がないわけではない。その道筋とは、基層のコミュニティに新たな共助・共存の仕組みが形成されることであり、上の層には専業・準専業の農家や法人経営に牽引される農業生産が定着するかたちである。
モンスーンアジアにおいて、どうやら先頭のランナーの役割を終えつつある日本。そんな日本にも胸を張って外の世界に発信できるモデルは少なくないはずである。農業についても然りである。今後のモンスーンアジアにおいて生業的な零細農業は激しく変容を迫られ流に違いない。そんな近未来を展望するならば、装いを新たにしつつある日本の二層の農業構造は、アジアの農業・農村のありようにひとつのモデルを提供するに違いない。また、そのような役割を自認することは、農業・農村みずからが好ましいかたちで成熟を遂げていくよすがにもなるであろう。

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