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2019年11月29日 (金)

地方創生の成功のために(その8)

地方創生の成功のために(その8)
第3章 日本水田農業の再生(その1)


日本農業のうち、畜産や施設園芸などの集約型農業は健闘している。対照的に土地利用型農業の衰退には歯止めがかかっていない。特に高齢化の進んでいる水田農業のゆくえが気がかりである。
小規模な水田農業は日本だけのことではない。モンスーンアジアの農業規模は概して零細である。歴史的には、収穫が安定的で栄養バランスにも優れたコメの人口扶養力の高さに支えられて、人口稠密な農耕社会が形成された。人間を養うのに大きな面積を必要としなかったのである。零細な農業には、水田とコメに象徴されるモンスーンアジアの風土と歴史が刻み込まれている。

しかしながら、現代の日本は途上国段階の農耕社会ではない。経済発展が目覚ましく、高所得の魅力ある職業は数多くある。したがって、まず所得の面でそれなりのものが得られないようでは、水田農業の後継者は育たない。水田農業も他産業なみの所得を得ることが必要である。しかし、農地面積の規模拡大なしに他産業なみの所得をうることは難しい。だから、水田農業における面積の拡大が必要なのである。

戦後の土地利用型農業の技術革新には目を見張るものがある。機械化の進展である。稲作であれば、田植機の発明であり、収穫用のコンバインの普及である。1960年ごろの稲作には10アールあたり年間150時間もの労働が投入されていたが、現在は27時間にすぎない。10ヘクタール程度の経営になると、15時間まで削減されている。労働生産性に劇的な変化が生じているのである。言い換えれば、家族で耕作可能な面積が飛躍的にアップした。このような技術革新があったからこそ、少数ながらとはいえ、10ヘクタール、20ヘクタールの家族経営が成立しているのである。


高齢化の進展とともに貸し出し希望の農地が増加することは間違いない。水田農業の規模拡大には好適な環境が出現していると言ってよい。では、その好適な環境を活かすために必要なことは何か?

 

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