« 天山(その9) | トップページ | 美しい日本の歌(その7) »

2019年10月 7日 (月)

下鴨神社

下鴨神社

何時のころか、葛城山麓を離れた鴨族の一派が奈良盆地を北上し、奈良山を越えて加茂町まで勢力を伸ばし、さらに現在の京都の上加茂、下加茂の辺りにまで進出して定着して鴨氏になったとされている。一方、『新撰姓氏録』によれば、応神14年に渡来したとされる秦氏も当初は「大和朝津間腋上地(わきがみのち)」に住んだようだ。腋上は秋津のすぐ近くである。秦氏も鴨族の移住と時を同じくして、京都盆地に入り込んだと思われる。

秦氏は京都盆地の鴨川、桂川などの氾濫原の開拓の中心となり、賀茂・松尾・稲荷などの神社とも深い関係を持ったのである。
上賀茂神社と下賀茂神社と・・・京都は遥か西の方、嵐山というか桂川の向こうにある松尾神社、この三つの神社が秦氏が祀った三所大明神と言われている。上賀茂神社と下賀茂神社とは言うまでもなく一体のもの。したがって、賀茂神社と松尾神社が秦氏を通して一つになっていることは大変興味のあることである。

賀茂建角身命は、古代の京都をひらかれた神さまであう。山城の国一宮として京都の守護神としてまつられているのである。平安京が造営されるにあたって、まず当神社に成功のご祈願が行われた。
一方、秦氏も、山背(やましろ)の地方豪族として平安遷都に尽力する。その際、損野広隆寺の敷地を平安遷都のために朝廷に提供し、寺を太秦に移転させるのである。

平安遷都は秦氏と賀茂氏一体となって初めて出来た大事業であったと思う。

下鴨神社: http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/simojin.pdf

 

« 天山(その9) | トップページ | 美しい日本の歌(その7) »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 天山(その9) | トップページ | 美しい日本の歌(その7) »