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2019年8月14日 (水)

柱の聖性

柱の聖性
天空には夜は満天の星。昼はさんさんと太陽が輝く。その太陽のお陰で山には「山の幸」がいっぱいだ。そしてそれら生活の糧を得るために山に入るが、そのときの頼りは北極星である。山が「山の幸」を生むのは大地の「産みの力」だが、それは太陽の働きかけがどうも関係しているらしい。その太陽は常に動いているが、北極星は動かない。どうも天空の中心は北極星らしい。古代人はそのような感覚のもと、天空の不思議な力を感じていたようだ。
ところで、子供は母親から生まれるが、それも父親の働きかけがなければならない。父親の働きかけ、それはほとばしる精液のことだが、それは母親に働きかけて子供を産ませる力を持つ不思議なものである。その不思議力というのは、夜にやってくるようだが、一体、それはどこからくるのか? 北極星の方面からではないか? 北極星というのは、摩訶不思議な存在だ。思わず手を合わせざるを得ない。子供が誕生する不思議な現象と「山の幸」が生まれる現象とが重なり合って、古代の「祈り」が行われたのではないか。男性のシンボルは天空の不思議な力は女性「穴」に注ぎ込まれる。天空の不思議な力、それは今でいう「神の力」ということだし、女性の「穴」、それは今でいえばその「奥」に神が存在するということだが、石棒というのは、天空の神が大地の神のところに通う通り道である。縄文時代の竪穴住居にしつらえられた祭壇で、赤々と燃えた「炉」は女性の「穴」のことだが、その「穴」の「奥」におわす大地の神のところに、石棒を通じて天空の神が降りてくる。
その神への「祈り」は、ムラとしては戸外で行われる。その際には、石棒はあまりにも小さすぎるので、大きな柱が神の通い道となる。
諏訪大社といえば、御柱(おんばしら)が有名であるが、 御柱(おんばしら)は神が降臨する依代(よりしろ)といわれている。神が降臨する依代(よりしろ)としての 御柱(おんばしら) ・・・・、これが二番目に言いたいことだ。
 伊勢神宮にも心御柱というのがある。心御柱を伐り出す「木本祭」は、神宮の域内で、夜間に行われ、それを建てる「心御柱奉建祭」も秘事として夜間に行われる。すべて、非
公開で、しかも、夜間にのみ行われるというのは異常だ。
猿田彦神社の宇治土公宮司に聞いた話によると、伊勢神宮でもっとも重要な行事であり、猿田彦神社の宇治土公宮司がそれを司祭するのだそうだ誠に不思議な心御柱ではある。
 私は、祭祀として立てる柱は、環状木柱列遺跡の柱なども含め、神が降臨する依代(よりしろ)であり、縄文人の観念としては、天の神と地の神をつなぐ通路であったと思う。
その通路によって、天の神と地の神は合体し威力はさらに強大なものとなる。私は、縄文人はそんな観念を持って柱を立てたのだと思う。
諏訪神社の御柱(おんばしら)と伊勢路神宮のも心御柱(しんのみはしら)は、現在もなお神が降臨する依代(よりしろ)として存在して、それぞれ独特の神事が行われている。柱を神が降臨する依代(よりしろ)とする神社は、出雲大社の他にもいくつかあるようであるが、その実態は明らかでない。明らかではないが、柱を神が降臨する依代(よりしろ)とする神社は極めて少ないであろう。しかし、私は、柱の聖性を考えているので、神が降臨する依代(よりしろ)とする柱の復活を図りたい。
全国それぞれの地域に氏神さんがおられるし、山の神、田の神、水の神などの祠もあり、地域の人々のお参りがある。
しかし、今ではなくなって、その形跡が残されて居るだけというものも少なくない。そういう昔は神が祀られていたというところには、神が降臨する依代(よりしろ)とする柱を建てるという提案をしたいのだ。
田舎において神が降臨する依代(よりしろ)とする柱を建てることによって、田舎に対する「神の働きかけ」が深まるというになる。そうすれば田舎の人々の幸せが増えるであろう。きっと田舎にやってきて、田舎暮らしをする人も増えるに違いない。
田舎は自然との一体感を感じることのできるところである。そういう田舎で神が降臨する依代(よりしろ)とする柱を建てるということは、地域再生の一つの手段になりうると思う。北極星を拝む場所を作るのと同じことだ。要は、「神とのインターフェース」が増えればいいのである。これは都会では絶対にできないことだ。

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