« 平野神社 | トップページ | 日本の林業の現状(その2) »

2019年8月23日 (金)

京都関係の小唄(その7)

京都関係の小唄(その7)

三つの車

この小唄の歌詞は、次の通りです。

(二上り)
三つの車に法の道
火宅の門をや出でぬらん
ソラ出た生霊なんぞはおうこわや
身のうきに人の怨みはなんのその
わたしの思いはこわいぞえ
なぞと御息所は乙うすまして
お能ががりでおっしゃいましたとサ
のうまくさんまんだばさらんで
ヤンレ身をこがしたとサ
悋気と浮気は罪なもの

 

しかし、この歌詞は大変難しく、何を歌っているのか判らないだろうと思う。そこで浅学な私であるが、思い切ってその解釈をしてみたい。

三つの車すなわち苦しみに満ちたこの世を逃れる道として仏教がある。
火宅の門すなわち煩悩に満ちたこの世から
あの世に御息所はきっと行ってしまったに違いない。
ソラ出た。御息所の生霊なんかはおお怖や。
御息所のつらさに比べれば人の怨みなんて大したことはない。
わたしの思いはこわいぞえ、
なぞと御息所は乙うすまして
お能ががりでおっしゃいましたとサ。
のうまくさんまんだばさらんで、と真言を唱えながら
ヤンレヤンレ、御息所は身をこがしたとサ
悋気と浮気は罪なもの


小唄「三つの車」の歌詞の意味を書いてみたが、この歌詞は4つに分かれていて、最初は「この世を逃れる道として仏教があるのだが、御息所は仏道を歩まず、あの世に行ってしまった。」というものでる。
二番目は能『葵上』の場面を小唄で歌ったものである。能『葵上』の後半の主人公は、鬼の姿と変じた六条御息所の生霊である。御息所の嫉妬による怒りと悲しみは、「般若(はんにゃ)」の面で表現されている。鬼となった御息所は葵上を取り殺そうと登場、そこへ行者がやってくる。
三番目は、能から離れてではあるが、脳の中で行者が唱えたように「のうまくさんまんだ」と真言を唱えながら、身を焦がす。
四番目は、最後のオチで「悋気と浮気は罪なもの」とこの世の生き方を歌う。

この作詞作曲は、平岡吟舟である。平岡吟舟は本名煕 (ひろし) 。車両製造業を営み、実業家として鉄道の建設などに貢献し、野球を日本に紹介するなど多方面に活躍する一方、小唄の作詞作曲を行い、1902年には邦楽諸流派の長所を取入れて東明節 (東明流) を創始した。代表作は、小唄『逢ふて別れて』と東明流『大磯八景』である。


御息所は正式には六条御息所という。
六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ、ろくじょうみやすどころ)は、『源氏物語』に登場する架空の人物である。桐壺帝時代の前東宮(前坊)の妃で、六条京極(現在の京都市下京区本塩竈町附近)に住まいを構えていることからこの名がある。光源氏の最も早い恋人の一人。
強い嫉妬のあまり、生霊として人を殺すなどの特異性から、多くの作品の題材ともなってきた。
その内、小唄で歌われたのが、平岡吟舟作詞作曲の小唄「三つの車」である。

立花家美之助が歌う「三つの車」がYouTubeにアップされているので、まずそれを紹介する。
https://www.youtube.com/watch?v=7_5bfQn0aT0

平岡吟舟作詞作曲の小唄「三つの車」を最初に歌ったのが、私たちの春日流の創始者「春日とよ」で、春日流では今に引き継がれている。立花家美之助が歌う「三つの車」とは少し異なるところがある。春日流の「三つの車」が本流というか平岡吟舟作曲の「三つの車」なのである。それを私は、私の師匠である小宏師匠から、習った。今では、私の好きな小唄の一つになっている。


では、最後に「源氏物語」の舞台になった野宮神社が現在も京都の嵯峨にあるので、それを紹介しておきたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/nonomiya.html
そして、嵯峨の野宮神社を舞台として展開する御息所の話を詳しく紹介しておきたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/miyahanasi.pdf

以上説明が長くなってしまったが、私の稽古中の小唄「三つの車」を紹介したい。

https://www.youtube.com/watch?v=DX3V63loxm0

« 平野神社 | トップページ | 日本の林業の現状(その2) »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 平野神社 | トップページ | 日本の林業の現状(その2) »