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2019年5月12日 (日)

回峰行

回峰行


白洲正子の「私の古寺巡礼」(2000年4月、講談社)で回峰行について次のように書いている。すなわち、

『 それを紹介する。NHKテレビの「行」という番組では、けわしい山道を、阿修羅のごとく走って歩く回峰から、堂入りを終了するまでのきびしい行を、数ヶ月にわたって克明に映して見せたが、特に感銘をうけたのは、断食に入るまでは、元気のよかった坊さんが、終わった時には憔悴しきって、人々に支えられて出堂する場面であった。9日間の断食といえば、人間にとって極限の苦行である。生死の境を超えて復活した人間は、もはや前の人間とは同じ人間ではない、肉体とともにもろもろの欲情は克服され、仏と一体になる。或いは大自然と同化するといってもいい。実際にも、出堂した時の坊さんは、神々しいまで崇高な姿をしており、まわりに集まった人々は、思わず手を合わせて拝んでいた。』

『 光永澄道師に「ただの人となれ」(1979年5月、山手書房)という著書があるが、その中で「断食行」の体験を実に美しく述べていられる。「断食をしてお堂に籠っていると、先ず聴覚が異常なほど敏感になってくる。不審番の衣ずれのおと、線香の灰が落ちる音などが、ドサッとひびく。中でも野鳥の声は、光永さんの内面に、大きな衝撃を与えた。山を歩いている時は、歩くことが精一杯で、鳥の声は単なる「音」でしかなかった。「間も山に在りながら、その妙音を聴き流していたのである。聞くとは正しくこれでなければならない。身内の心が動かされねばならない。・・・おや、おれが啼いている。そう聴こえたのである。・・・チチと啼けば、こちらの胸の内もチチと啼いている。そう聴こえたのである。そしてその鳥は、(無動寺の)明王堂の屋根の上には止まらず、比叡の峰々へ飛翔して行くであろう。その時こそ、自由に翔べるのである。鳥が光永であり、光永が鳥であった」』・・・と。


「堂入り」はまさに千日回峰行のハイライトである。凄いの一言に過ぎる。凄い!

回峰行の詳しい説明は次をご覧ください。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/kaihougyouni.pdf

 

 

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