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2019年5月12日 (日)

宮沢賢治について


宮沢賢治について


日本人としての感性を養うには昔話を読むことが良い。多くの昔話を枕元に置いておき、寝るときに読む習慣をつけると、その日に応じて適当なものを選択して読むことになる。これは松岡正剛の言う編集であり、述語的行為である。述語的行為を続けておれば自ずとリズム性の豊かな人間になっていく。

宮沢賢治の小説は、昔話ではないけれど、非常にリズム性のある作品である。小説というより童話といったほうがいいかもしれない。しかし、大人が読んでもロマンティックであるし、自然のこと、命のことなど多くのことを考えさせる力を持っている。だから、哲学的な童話と呼んだ方がいいかもしれない。


多くの方は、宮沢賢治といえば、どういう人であるかをイメージできるし、「宮沢賢治の思考のようなもの」といえば、どのような思考かをイメージでできる。宮沢賢治はご承知のように多くの児童文学を書いたし、エンデも当時世界中で読まれた「モモ」という児童文学を書いた。その点でも共通点があるが、偉大な哲学者であるという点でも共通点があるのである。


宮沢賢治の詩『原体剣舞連』(はらたいけんばいれん)は、宮沢賢治が1922年、岩手県奥州市江刺区原体地区に古くから伝わる民俗芸能の一つである原体剣舞を見たかつての体験をもとに書き上げた詩歌である。中路正恒は、その著書「ニーチェから宮沢賢治」でこの宮沢賢治の詩『原体剣舞連』を解釈し、ニーチェとの共通性を導き出している。宮沢賢治はニーチェと共通するような哲学者でもあるのである。

宮沢賢治が、山の頂(いただき)に小さな太陽が浮かんだ「日輪と山」という不思議な水彩画を残している。山の端(は)に太陽が昇り、そして沈むのを麓から眺めた、あの構図こそ古代日本人が山に抱いてきた宗教感情を如実に表現しているようである。その宗教感情とは何か? また、宮沢賢治は何故そのような絵を描いたのか? 哲学者である宮沢賢治の思いを推し量ることは難しい。


宮沢賢治は偉大な哲学者でもあるが、その作品は冒頭に述べたようにリズム性に満ちており、ロマンチックであり、大変面白い。私もそうだが、宮沢賢治のファンは非常に多い。そこでこの論文で私は宮沢賢治を偲ぶために、いくつかの場所を紹介したいと思う。

以上を総括した宮沢賢治という論文:http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/kenjinituite.pdf

 

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