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2019年5月16日 (木)

地域再生・イタリアに学ぶ(その14)

地域再生・イタリアに学ぶ(その14)

第2章 逆境がまちを強くする(その4)
第1節 田舎暮らしを楽しむ「アグリツーリズモ」(その4)


志子田徹(しこたとおる)は、「ルポ 地域再生」(2018年2月、イースト・プレス)の中で次のように述べている。

その法律の目的にしたがいトスカーナ州は率先して自然環境保全のための開発規制に取り組んだ。とはいえ、自然保護と脱公共事業依存だけで、キャンティが抱える問題が解決するわけではない。黙っていればブドウ農家は減り続け、空き家が増えるばかりである。農村から都市へ、人がルウ出していく構造には変わりはない。何がキャンティ地方の転機になったのだろう。
世の中、何が幸いするか分からない。開発から「取り残された村」になったことに、かえって魅力を感じる人たちが現れたのだ。キャンティ地方の価値を見つけたのは、「よそ者」であり「若者」であった。「よそ者」「若者」が見つけたキャンティ地方の魅力は、やがて、地域再生に導く新しい取り組みにつながっていく。

「 うちは父の代からブドウを栽培してワインを造る農家だったけど、30年ぐらい前だったかな、ある夏の日に、オーストラリアの若者たちが、一週間以上泊まったわね。当時は観光地じゃなかったし、変わった人たちがいるんだなあと私は思ったけど、父はピンと来た見たい。これは商売になるんじゃないかって、飛びついたのよ。」
こう語るのはアンナ・ジョルジさん(47歳)。
ジョルジさんの父が民宿として始めたのは、オーストラリアの若者たちが泊まった翌年の1986年。都市に仕事を求めて出ていった住み込み従業員の空き部屋を、宿泊客向けに利用することにした。これがキャンティ地方の最初の「アグリツーリズモ」だと言われている。
そして、その4年後の1990年から次第に「アグリツーリズモ」はブームとなり、キャンティ地方は人気の地域となった。先にも述べたように、今では素朴な農家の宿だけでなく、キッチン付きのコテージや、プチホテル風、プール付きの豪華ホテル風など、さまざまなタイプが登場している。富裕層から一人旅の若者まで多様なニーズに応えている。


志子田徹(しこたとおる)が「ルポ 地域再生」(2018年2月、イースト・プレス)で述べるキャンティ地方の「アグリツーリズモ」の歴史というか経緯は以上の通りである。

田舎暮らしを楽しむ「アグリツーリズモ」が日本でも普及しないだろうか? 日本には、キャンティ地方のように、広大な景色に恵まれ、歴史的な場所(ポトス)にも恵まれ、しかも多くの酒蔵のあるようなところはもちろんない。しかし、「田舎暮らしの楽しみ」というものは各地にある。それを楽しむ「アグリツーリズモ」ができないだろうか? そう思うのである。

 

 

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