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2019年4月13日 (土)

玄奘とシルクロード

玄奘三蔵とシルクロード


今まで「玄奘三蔵とシルクロード」についていろいろとつぶやいてきたが、それらを総括しておきたい。

今から1300年前、玄奘三蔵は25歳の若さで当時の都である長安(今の西安)から出発し、遥か遠い天竺(インド)に経典を求めて旅を始める。

三蔵法師の西への旅は、決して容易ではなかった。天山山脈を越える時は特に大変で多くの従者をなくした。彼自身も命をなくしても不思議ではなかったのである。この難関をなんとか乗り切って、ようやくにしてキルギスにたどり着く。

現在は道路も整備されキルギスか天山山脈の美しい景色を楽しむ人も少なくない。
https://yascovicci.exblog.jp/22217407/


しかし、当時は道はあったものの難路続きの道で、しかも彼が天山山脈越えをした時は冬であったので、命からがらの天山山脈越えとなったのである。この論文では、まずその天山山脈越えを書いた。

玄奘三蔵は、天山山脈越えという難関をなんとか乗り切って、ようやくにしてキルギスにたどり着くのだが、キルギスは、当時、西突厥のヤブク可汗の支配する強国で、その国王のなみなみなら援助を受けて、無事インドにゆくことができた。

キルギスは、シルクロードの大拠点であり、この論文では特にキルギスに焦点を当てて書いた。キルギスという国はどういう国であるのか、この論文を見ていただければわかる。アジアのスイスと言われるようにとても美しいところであるが、日本と兄弟であるような国でもある。

玄奘三蔵とシルクロード: http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/gentosiruku.pdf

 

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