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2018年12月 5日 (水)

神の意志としての天変地異

神の意志としての天変地異

中沢新一の著書「チベットの先生」(平成27年2月、角川ソフィア文庫)というのがある。これは、中沢新一が実体験にもとづき、チベット仏教のある修行者(中沢新一は「チベットの先生」とか「ケツン先生」と呼んでいる。)から聞いた、ジェラマ・ゴンボ・リンポチェと(中沢新一は「ゴンボ先生」と呼んでいる。リンポチェはチベット仏道の修行者に与えられる尊称である。)いう非常にすぐれた行者の話を書いたもので、まことに不思議な話が紹介されている。
中沢新一の「チベットの先生」という本を読んで、私が一番不思議に思うのは、神から選ばれた人が亡くなるときには、天変地異が起こるということだ。その天変地異は神の意志の現れであり、神は、大事な弟子のために最後の教えをし教え終わるまで死んではならぬということを意思表示な さるのであろう。ゴンボ先生はその神の意志のまま生き、そして死んでいかれた。同じことが日蓮にも起こっている。

それらのことについては次をご覧ください。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/kamiten.pdf

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