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2018年10月10日 (水)

地方創生の成功のために(その4)

地方創生の成功のために(その4)
第1章 国が持つべき問題意識(その3)

日本では、奈良時代、律令国家が成立した頃から、著名な神社を中心に稲作が奨励され、稲の神霊の宿った種(もみ)が神社から配られ、秋に実った初穂が神社に奉納された。

やがて、神宮寺が建てられ神仏習合の時代になると、そういう形態の稲作は無くなってしまうのだが、現在なお宮中や伊勢神宮などでは、稲作の儀式が行われている。豊作を祈願し、秋の収穫に感謝するという儀式、それは神の国・日本ならではのことであろう。

新嘗祭とは、古くから国家の行事であり、瑞穂の国の祭祀(さいし)を司る天皇が、国民を代表して農作物の恵みに感謝する式典で、その年の新穀や新酒を神々に供える。 毎年、皇居宮中で行われる新嘗祭には、全国各地からその年に獲れた新穀が納められ、その斎田(さいでん)を「献穀田」という。

新嘗祭(にいなめさい)は宮中祭祀のひとつ。収穫祭にあたるもので、11月23日に、天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に勧め、また、自らもこれを食して、その年の収穫に感謝する。宮中三殿の近くにある神嘉殿にて執り行われる。また、天皇が即位の礼の後に初めて行う新嘗祭を大嘗祭という。
新穀を得たことを神さまに感謝する新嘗祭は、五穀の豊穣を祈願した2月17日の祈年祭と相対する関係にある祭祀で、この日、宮中では天皇が感謝をこめて新穀を神々に奉ると上もに、御自らも召し上がりになる。 新嘗祭の起源は古く、『古事記』にも天照大御神が新嘗祭を行ったことが記されている。 現在では「勤労感謝の日」として、国民の祝日となっているが、一説によると、命の糧を神さまからいただくための勤労を尊び、感謝をしあうことに由来しているといわれている。私たち日本人は、「勤労感謝の日」の本来の意味を忘れてはなるまい。



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