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2018年7月11日 (水)

日本林業のあり方(その10)

日本林業のあり方(その10)
おわりに

ニーチェは、当時のキリスト教団体を含むキリスト教の価値観と戦い、人間の尊厳を取り戻そうと悪戦苦闘した大哲学者であるが、東洋の神に憧れを持ちつつも、結局は神を信じなかった人である。ニーチェは、ニヒリズムに陥ると人間の尊厳はなくなるとして、ニヒリズムの何たるかを哲学的に深く考えたが、神を信じることができなかったので、結局は発狂して狂い死にしてしまう。神は存在するのか存在しないのか? そのことが大きな哲学の課題になっていたが、その後、ホワイトヘッドは神の存在を哲学的に明らかにした。さらに後年になって、ハイデッガーは、神の存在する(「神とのインターフェース」の多い)「故郷喪失」こそニヒリズムに陥る原因であると、哲学的思考を深めた人である。以上のことは、私の「故郷論」に書いたが、故郷は、実際の故郷のみならず、心の故郷も含めて、ただ単に懐かしいという思いを抱かせるものにとどまらず、哲学的意味を持ったものであり、絶対に守りとおしていかなければならなものである。

そのためには、地域のやるべきことと国がやるべきことがある。

私の故郷論:http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/hurusatoron.pdf

地域の役割については私の「故郷論」の中で一応具体的なことを書いたが、国の役割については、「ふるさと創生」の本質をよく考えて欲しいと述べただけで、その具体的な内容を書くことができなかった。このたび、梶山恵司の「日本林業はよみがえる」を紹介することで、日本林業のあり方について具体的な課題が明確になったかと思う。農業についても、当然、国の役割があろうが、その点についてはよくわからない。具体的に何が問題でどうすればいいのかわからないのである。今後専門家の本なり論文を読むなど勉強して行きたいと思うが、今回、日本林業のあり方について具体的な課題が明確になっただけでも、私としては非常に嬉しい気持ちでいっぱいだ。

梶山恵司が言うように、戦後の植林から50年を超える森林も多くなり、いよいよ利用段階に入ることから、日本林業はまさに、本来の優位性を回復できる地位を獲得しつつある。

是非、国は、梶山恵司の「日本林業はよみがえる」にもとづいて、日本林業のあり方を真剣に考えてほしい。政治の役割および行政の役割の重要性は絶大である。国は、林業再生、地域再生のために全力を尽くすべきである。

再度申し上げるが、故郷は、実際の故郷のみならず、心の故郷も含めて、ただ単に懐かしいという思いを抱かせるものにとどまらず、哲学的意味を持ったものであり、絶対に守りとおしていかなければならなものなのである。

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