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2018年7月12日 (木)

リズム論(その21)

リズム論(その21)
第2章 中村雄二郎の「リズム論」 (その13)
第2節 中村雄二郎のリズム論におけるリズムとは?(その7)

6、「形」は「リズム」である

形を認識するとき記憶の再生が起こっており、その記憶の再生というものは先述したように脳の中の波動現象に起因するものであり、私は、記憶の再生はリズムであると形はリズムであると言い切った。

ところで、形を認識する時、脳の中で何が起こっているか? 以下において、その点を説明した上で、形はリズムであることを説明したい。

自分の身の回りのすべて、これを環境と呼ぼう。環境には自分と関係のあるものないもの、或いは思い出のあるものないもの、創作意欲を掻き立てるもの掻き立てないもの、さまざまである。それら形を認識する時、同時に記憶の再生が行われて、自分との関わり合いが思い出される。その記憶はもちろん自分の経験の記憶がほとんどであるが、今西錦司のいうプロトアイデンティティーというものもある。

古い道具を見た時、同時に記憶の再生が行われて懐かしく感じるのである。ここで私がいちばん言いたいことは、そのことである。

なお、一般的に、中村雄二郎は形はリズムであると言い切っている(「デザインする意思」、中村雄二郎、エッセイ集成6、1993年、青土社)。私はその点についていろんな場で申し上げてきているので、この際、そのことを申し添えておきたい。

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