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2018年7月 4日 (水)

林業のあり方(その6)

日本林業のあり方(その6)
第2章 日本林業の大転換を(その1)
第1節 短伐期施業から長伐期施業へ

森づくりの理論と技術が確立している欧州やニュージランドと比べると、日本の森づくりは発展途上にある。

日本が戦後考え出した森づくりは、植林して40〜50年で皆伐して収穫を繰り返す、短伐期・皆伐林業だったが、これを支えた条件は根底から覆り、大幅な見直しを迫られている。最大の問題は、皆伐しても再造林する経費を賄うことができず、林業が成立しないということである。日本の皆伐による収穫量はヘクタール当たり300立法メートル、立法単価1万円として、売り上げで300万円である。経費を150万円と低めに見積もったとしても所有者の手取り収入は150万円にとどまる。ひとたび皆伐すれば、地拵え、植林、下刈り、劣性木を間引く間伐といった炎天下の重労働が続き、木を育てるまでに250万円以上かかる。つまり、木材販売による収入では、造林経費すらカバーできない。

そもそも短期伐施業は、木材需給の逼迫を背景に、材価が極めて高い半面、労賃が低かった戦後間もない時代に考え出されたものである。当時はまで、20〜30年生の径の細い間伐材でも足場丸太や杭材向けなど多様な用途があること、木材の最終利用形態が12センチ角の柱だったことから、短期伐施業のシステムには十分な合理性があった。

ところがその後、経済社会情勢は大きく変化し、短伐期・皆伐を支えた条件は根底から覆ってしまった。

これからの森づくりは、間伐によって収穫を繰り返していく、長伐期施業である。長伐期施業とはたとえば10年間隔の間伐によって収穫を繰り返し、最終的には80〜140年くらいで世代交代をはかる施業方式である。

短伐期・皆伐の最大の問題は前記のとおり再造林経費である。仮に伐期を2倍に伸ばせば、それだけで再造林の回数は半減する。特に、近年では、植林した木がシカやクマ、イノシシなどに荒らされるなどの獣害が頻発するようになってきている。植林地の周りを柵で囲ったり、植林した木にチューブをかぶせたりする対策が必要となり、これが再造林をさらに割高にする結果をもたらしている。

また、森林も多面的機能をより引き出すうえでも、長伐期は優れている。

40〜50年前後で皆伐する短伐期は、十分成熟しない段階で木を伐採することを意味する。このためスギやヒノキの単層林から抜け出せず、森林は混んで暗い状態が続くので、生物多様性や水源涵養、水土保全など、森林の多面的機能を十分に引き出せない状態が続くことになる。
これに対し、伐期を長期化していけば、必ずしも皆伐する必要は無くなり、再造林のバリエーションが広がる。たとえば、間伐を繰り返していくと木と木の間が広く空くところが出てくるため、林内が明るくなり、後継樹が育ちやすくなる。このため、異なった林齢や樹種からなる、環境的機能に優れた多様な森林へと誘導していくことが可能となる。

間伐の場合、収穫する材積は蓄積の3割程度なので、皆伐に比べ3倍強の面積が必要となる。つまり、皆伐なら60ヘクタール、間伐なら200ヘクタールの規模である。このため、海抜の方が事業量の確保は容易のように見えるが、皆伐の場合、再造林経費の巨大さなどを考えると、皆伐・再造林に同意する所有者を探すのも容易ではない。これに対し、間伐による木材生産の場合、一度道を入れて間伐を行い、所有者との信頼関係を構築し、これらをデータベース化していけば、10年後にはまたそこで間伐を行うことができ、事業量は安定的に確保できる。しかも、次期皆伐期には、単木材積は確実に増加しているので、採算性は大幅に向上していく。

このように長伐期は、林業経営上も優れた施業方法である。

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