« 林業のあり方(その8) | トップページ | 林業のあり方(その9) »

2018年7月 9日 (月)

リズム論(その20)

リズム論(その20)
第2章 中村雄二郎の「リズム論」 (その12)
第2節 中村雄二郎のリズム論におけるリズムとは?(その6)

5、「編集」は「リズム」である

自己の中(脳の中)にあるアイデンティティーと外からやってきた情報との間で共振が起こり、記憶の再生が行なわれる。記憶の再生、それは脳の中で行なわれる編集ということである。松岡正剛はそのように編集というものを理解しているらしい。編集が「記憶の再生」であるとすれば、私は、この際、「編集」は「リズム」であると言い切っておきたい。ただし、「編集」というものの理解については、私に松岡正剛の認識以外のものはないので、全面的に松岡正剛の認識に従いたいと思う。では、「編集」の諸様相を、松岡正剛の「知の編集工学」( 2001年年3月、 朝日文庫)その他の解説 から、ピックアップしておきたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/hensama.pdf

「記憶の再生」ということについては、私なりに勉強したことがあって、それを私の電子書籍「書評・日本の文脈」の補筆『「こころ」とは何か?・記憶、学習、について』に書いた。その中で、記憶の再生については、次のように述べた。すなわち、
『 大脳生理学や分子生物学の範囲の中では、いまのところこれといった新しい記憶の理論はないようで、そこで唯一新たな地平を切り開いているのが、量子場脳理論ということらしい。これは、1960年から70年代にかけて、二人の日本の物理学者・梅沢博臣と高橋康が場の量子論における「自発的対称性のやぶれ」という斬新な記憶の理論を提唱し、現在の研究に引き継がれているものです。』

『 記憶の想起ということは、そこに意識が発生するということであるから、記憶の想起と意識の発生ということは同じである。この記憶の想起(意識の発生)がどのようになされるのかを簡単にわかりやすく説明することは非常にむつかしい。「自発的対称性の破れ」という量子脳力学の理論ばかりでなく、ヒッグス・メカイズムという量子脳力学の理論も説明しなければならないので、ちょっと私の手には負えない。是非、私が教科書にしている「脳と心の量子論・・場の量子論が解き明かす心の姿」(治部眞理、保江邦夫、1998年5月、講談社)を勉強していただきたい。』・・・と。

その説明では、記憶の再生ということがリズムであると述べている訳ではないが、梅沢博臣と高橋康の量子場脳理論によれば、記憶の再生というものが脳の中の波動現象つまりリズムであると理解することができるのである。

量子場脳理論の以上のような理解に立って、この際ここでは、記憶の再生はリズムであると言い切っておきたいと思う。

« 林業のあり方(その8) | トップページ | 林業のあり方(その9) »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1117507/73826596

この記事へのトラックバック一覧です: リズム論(その20):

« 林業のあり方(その8) | トップページ | 林業のあり方(その9) »