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2018年5月12日 (土)

リズム論(その1)

リズム論(その1)

はじめに(その1)

私たち日本人は自己主張しない国民だといわれる。この国際化の時代に、外国人との付き合いが増えていくが、自分の意見を持たない、あるいは持っていてもそれをほとんど言わない、そういう私たち多くの日本人は多分外国人に馬鹿にされるか、馬鹿にされなくとも尊敬されない。
例えば、西洋人との付き合いで、貴方の宗教は何かと問われた時、多くの日本人は仏教とか神道と答えるだろう。そして、仏教とはお釈迦さんの教えであると説明するであろうし、神道とは日本において古代から信仰されてきた宗教で、八百万の神がいる多神教であると説明するだろう。それらは間違いではないが、仏教や神道の世界性を説明しない限り、西欧人にはやはり理解されないであろうし馬鹿にされなくとも尊敬されないであろう。
私たち日本人は、歴史的にずっと仏教や神道を信仰してきて、日本的精神を作ってきている。日本的精神とは何か? ひと言で言えば、「脱主体化」、すなわち自己主張しないことである。それが何故立派なことであるのか、西欧人には理解されなくとも、今後は、私たち日本人はそれを十分理解した上で、西欧人に判ってもらう努力をする必要がある。
この「日本的精神」に関する哲学としては、佐伯啓思のいうとおりかっての西田幾多郎の「無の思想」があるが、比較的最近のものとしては、私の尊敬する中村雄二郎の「リズム論」がある。佐伯啓思や呉善花は中村雄二郎の「リズム論」にはまったく触れていないので、私は、以下において中村雄二郎の「リズム論」について詳しく述べていきたい。そこでは、中村雄二郎の「リズム論」の世界性を述べることになる。また、佐伯啓思が「日本的精神」との関連で触れている「無」についても、その世界性を述べるとともに、中村雄二郎の「リズム論」と西田幾多郎の「無の思想」との繋がりを明らかにするつもりだ。

佐伯啓思のアメリカに対する認識は、アメリカは世界をリードする文明的な力を失っているというものである。そういう基本的な認識のもとで、彼は、今後、世界はますます不安定になっていくであろうと述べている。そのことについて、佐伯啓思はその著『増補版 「アメリカニズム」の終焉 シヴィック・リベラリズム精神の再発見へ』(1998年9月、TBSブリタニカ)又は「アメリカニズム」の終焉(2014年10月、中央公論新社)をご覧いただきたい。2014年版には「 シヴィック・リベラリズム精神の再発見へ」というサブタイトルは外されているが、本の基本的な内容が変わっている訳ではなく、2014年版も「 シヴィック・リベラリズム精神の再発見」を目指したものであることに変わりはない。

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