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2018年3月28日 (水)

三国志その9(再掲)

三国志の数々の場面の中で私の好きなもう一つの場面はその9の「関羽千里行」です。それをもう一度じっくり読んでいただきたく、再掲しました。

その9、関羽千里行

「その8」では、いよいよ劉備討伐の決意を固め、曹操軍・二十万の大軍が劉備討伐に向かった。下邳の関羽はなんとか持ちこたえていたが、小沛の張飛と劉備は、それぞれ別の道へと落ち延びていくのである。劉備は止むを得ず袁紹を頼って翼州へ奔(はし)る。「かねての約束、たごうべからず――」と袁紹はただちに一軍を迎えに差向けて、玄徳の身を引取る。「その8」はそういう話である。

「その9」は、日頃関羽の武勇と人柄に惚れ込んでいた曹操は、なんとか関羽を自分の居城のある許都に迎い入れようとする。関羽は、「劉皇叔の二夫人、御嫡子、そのほか奴婢どもにいたるまで、かならずその生命と生活の安全を確約していただきたい。」という条件を出し、「いまは劉皇叔の消息も知れぬが、一朝お行方の知れた時は、関羽は一日とて、曹操のもとに晏如と留まっておるものではござらん。千里万里もおろか、お暇も告げず、直ちに、故主のもとへ立ち帰り申すであろう。」という本音を申し述べる。曹操はその条件を飲み、関羽を賓客として都・許都に迎い入れる。数年が経ち、劉備が生きているという噂が伝わってき、さらに劉備の手紙が届けられる。そして関羽の千里行が始まるのである。「その9」はかの有名な関羽千里行の話である。

曹操は関羽を厚遇し、関羽はそれに恩を感じ、官渡の戦いにおいては敵将の顔良(がんりょう)を斬って捨てるなどの功績を挙げ、曹操のために働いていたが、劉備の消息がはっきりすると、関羽は感謝の手紙を残して曹操のもとを去る。追っ手を差し向けようとする部下を、曹操は止め、彼は、関羽を追い別れを告げる。曹操は関羽が劉備のもとへ戻っていくことを理解していたのだった。
関羽は次々と関所を突破し、そこを守る将を斬り捨てていく。これが関羽の五関突破である。東嶺関(とうれいかん)の孔秀(こうしゅう)、洛陽の韓福(かんふく)、沂水関(きすいかん)の卞喜(べんき)、滎陽(けいよう)の王稙(おうしょく)、黄河の秦琪(しんき)と、5人の将を次々と打ち破っていく。最後には魏の猛将:夏候惇(かこうとん)が待ち受けており、刃を交えますが、そこに張遼(ちょうりょう)が曹操の言葉を携えて駆け付け、戦いは中止となり、関羽は再び劉備のもとへ向かうことになります。
しかしそこで、汝南(じょなん)の古城に立てこもるで張飛の消息が判明し、関羽はそちらへ向かい、張飛と再会する。小沛で曹操に敗れ、劉備・関羽らとはぐれてしまった張飛だが劉備の消息を求めているうちに古城にたどりつくのである。張飛は力づくで県令を追い出し、その地域を治めるようになっていたのである。その噂を聞きつけて、劉備の部下が集まるようになり、遂に、その古城で劉備三兄弟が再会を果たすのである。

その9、関羽千里行: http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/kansenri.pdf

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