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2018年2月 6日 (火)

三国志(その2)

その2、劉備玄徳、平原県(山東省・平原)の令となる

劉 恢(りゅう かい)は、歴史上、劉邦の第5子のほか何人かいるようであるが、吉川英治の三国志では、代州の富豪として登場する。芙蓉姫と親戚関係にあり、張飛とも面識がある設定となっている・・・まったくの架空の人物である。
「はじめに」でも述べたが、吉川は「序」で
三国志には詩がある。(中略)三国志から詩を除いてしまったら、世界的といわれる大構想の価値もよほど無味乾燥なものとなろう。故に、三国志は、強いて簡略にしたり抄訳したものでは、大事な詩味も逸してしまうし、もっと重要な人の胸底を搏つものを失くしてしまう惧れがある。で私は簡訳や抄略を敢てせずに、(中略)主要人物などには、自分の解釈や創意をも加えて書いたと記しており、原作や訳書にこだわらずに、吉川英治流の味付けで日本人向けに物語を描くことを宣言している。そして、「その2」においてもまったくの架空の人物・芙蓉姫が「その1」に引き続いて登場している。
劉 恢と 芙蓉姫とは親戚関係にあり、劉備らが 劉 恢の屋敷に匿われた時、芙蓉姫も劉 恢の屋敷に身を寄せており、二人は逢瀬を楽しむこととなる。この場面はまったく吉川英治流の味付けで、吉川英治の三国志を潤いのある物語にしている。
劉 恢は、浪人を愛し、常に多くの食客を養う悠々自適の風流人である。 そのような劉 恢は、劉備が出世の糸口をつかむ大恩人として描かれている。つまり、劉備は、親友・劉虞(りゅうぐ)を紹介し、その人のお陰で劉備が出世の糸口をつかむのである。劉虞はちょうど、中央の命令で、漁陽に起った乱賊を誅伐にゆく出陣の折であったから、大いによろこんで、劉備らを自分の軍隊に編入して、戦場へつれて行った。劉備らは大いに戦功をあげ、劉備はその功績により、 平原県(山東省・平原)の令になるのである。劉虞は 劉備の大功を上表して、かつて安喜県で督郵を鞭打った罪が赦されるように取り計らった。

三国時代、中国全土には10数箇所の州があった。その下に郡があり、その郡の下に県があった。そして、「県令」という行政官が置かれていた。県知事みたいなものである。その部下に県尉がいる。

劉備は、かって安喜県の県尉になったことがあるが、 劉虞(りゅうぐ)のお陰で平原県(山東省・平原)の「県令」になるのである。 平原県は地味豊饒で銭粮の蓄えも官倉に満ちており、大いに武を練り兵を講じ、駿馬に燕麦を飼って、時節の到来を待つのである。

その頃、朝廷は大いにみだれ、再び大きな戦争が始まる予感があったのである。吉川英治の三国志はその朝廷のみだれを次のように書いている。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/tyouteinomi.pdf

また、そのような朝廷のみだれの中、何進が死んで、次の権力者・董卓の登場となる。ウィキペディアでは次のように説明している。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/kasin.pdf

次の「その3」では、いよいよ董卓と反董卓軍との激烈な戦いとなる。劉備にしてみれば、いよいよ時節の到来である。その前夜がこの「その2、 劉備玄徳、平原県(山東省・平原)の令となる」なのである。

その2、劉備玄徳、平原県(山東省・平原)の令となる: http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/heigennorei.pdf

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