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2018年2月 2日 (金)

桃源境

桃源境

私の愛読書の一つ駒田信二の著書「中国怪奇物語・神仙編」(昭和60年2月、講談社)には六朝「捜神後記」の桃源境が余韻をもった名文で訳されている。それをここに紹介しておきたい。

東晋の太元年間のことである。武陵に住む漁師が舟で谷川をのぼっていくうちに、どこまできたかわからなくなてしまった。ふと気がつくと、両岸いちめんに桃の花がひろがっていたのである。
桃の花は今を盛りと咲きみだれていた。ほかの木は一本もなく、桃林はどこまでもつづいているようであった。漁師はは不思議に思いながら、なおも川をさかのぼっていった。
奥ふかく進んでゆくと、るところに、川の水源のところで桃林は尽きていたが、その前面には山があって、山腹に小さい洞穴があいており、その奥からは光りがもれていた。漁師は舟をすてて岸にあがり、洞穴の中にはいってみた。はじめのうちは人ひとりがようやくくぐり抜けられるぐらいの狭い穴だったが、数十歩すすむと、ぱっと目先が広くなった。

人家があり、畑があり、池があり、桑や竹が茂っており縦横に道が通じていて、開けて、鶏や犬のなく声もきこえていた。人々の服装は、男も女も、異国人のようであったが、老人も子供たちも、みな楽しそうに働いたり遊んだりしていた。
その人たちは漁師を見るとびっくりして、どこからきたのかとたずねた。漁師はありのまま話すと、一軒の家に連れていって、 酒を出し、鳥を料理してもてなした。

漁師のことを伝えきいた村の人たちは、みんな物めずらしそうにその家にやってきて、いろいろと漁師にたずねた。村の人たちのいうところによると、彼らの先祖は秦末の乱を避け、妻子をひきつれてこの秘境にきたまま、外界との交渉がなく、子々孫々ここで平和に暮らしているという。彼らは秦の滅んだことも知らない。漢の興ったことも知らない。その漢が衰えて、魏となり、晋となったことも知らない。漁師が自分の知っている限りを話すと、彼らはみなよの変わりようにおどろいた。

漁師はあちこちの家にも招かれて、数日間この村で過ごしたが、別れを告げて帰ろうとすると、村人の一人がいった。
「この村のことは、外の人にはいわないでください。」

洞穴から出ると、水源のところに舟がもとのままあったので、漁師はそれに乗って川をくだった。途中、ところどころに目じるしをつけておき、武陵に帰ると太守に事の次第をつたえた。太守はさっそく部下を派遣し、漁師を案内役にして探索をさせたが、漁師がつけた目じるしは既にどこにもなくなっていた。以来、桃源境を訪ねあてたものは誰もいない。

この中にあるように、秦末の乱を避け、妻子をひきつれて秘境にきたまま、外界との交渉がなく、子々孫々ここで平和に暮らしている人たちがいる。それが六朝「捜神後記」で言うところの桃源境である。
そういう桃源境は、現在、「天空の村」として存在する。そこの人たちはすべて少数民族だが、その先祖伝来の文化を守り平和に暮らしているのである。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/tenkuuno.pdf

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