« 大久保一翁(その6) | トップページ | 大久保一翁(その7) »

2018年1月 8日 (月)

地の底の声

地の底の声―筑豊・炭鉱に生きた女たち

まぶべこ(短い腰巻)を身につけ女性たちが働いたのは、福岡県の筑豊(ちくほう)。遠賀川(おんががわ)沿いに広がる筑豊は、明治から昭和にかけて日本一の炭鉱地帯でした。かつて全国の出炭量の半分を担った筑豊。二百五十を超える炭鉱があり、各地から出稼ぎの人々が集まりました。ふるさとを出てきた人々は、炭鉱住宅「炭住(たんじゆう)」に暮らしました。炭住と黒いボタ山は筑豊の象徴。石炭を掘ると出る捨て石「ボタ」が山になりました。筑豊の炭鉱は四十年前全て閉山。炭住のにぎわいは消え、ボタ山は緑に覆われています。筑豊の北の端鞍手町(くらてまち)で井手川泰子さんは暮らしています。井手川さんの手元には、百本に上るカセットテープが残されています。記録されているのは、炭鉱の坑内で働いた女性たちの声です。大正から昭和にかけて坑内労働をした女性たち。井手川さんが出会った時、既に六十代を超えていました。井手川さんは、二十年にわたり、およそ八十人から話を聞きました。女性たちが働いたのは、人の手で石炭を掘る中小規模の炭鉱「小ヤマ」です。「先山(さきやま)」と呼ばれる男性が掘った石炭を、地上に運び上げる「後向き」が女性の仕事でした。坑内には家族で入りました。女性や子供も働き、一家の生計を立てるのが、炭鉱で生きる道でした。石炭を積む「炭車(たんしや)」は、小ヤマでは数が限られ、回ってくるまで坑内で長い時間待たなければなりません。暗く熱い地の底での苦労を、女性たちは語っています。

それが「地底の声」です。

http://h-kishi.sakura.ne.jp/kokoro-736.htm

川松あかり(東京大学 総合文化研究科 特別研究員(DC1) )さんは、井手川さんが女性たちから聞いた話を受け継ぎたいと、二ヶ月に一度「地べたの声を聴く会」を開いています。フィールドワークで知り合った地元の人たちが集まります。

« 大久保一翁(その6) | トップページ | 大久保一翁(その7) »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

TtsKbEPnjt archer cartoon porn

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1117507/72641557

この記事へのトラックバック一覧です: 地の底の声:

« 大久保一翁(その6) | トップページ | 大久保一翁(その7) »