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2017年12月 4日 (月)

沖縄の歴史(その18)

沖縄の歴史(その18)

第5章 琉球が日本国に併合されるまでの経緯(その3)
第1節 琉球藩の設置(その3)

1871年(明治4年)10月18日、琉球王府への納税を終えた宮古島の船1隻が、那覇からの帰途、強風に遭い、11月6日、台湾南東部の八瑤湾(はちようわん)に漂着した。

船には69人が乗っていたが、上陸時に3人が溺死し、船も沈没した。残った66人はその日は石の洞窟に泊り、翌7日、西方に向かい、15、6軒のパイワン族の集落にたどり着き、小貝に盛った飯をふるまわれた。しかし、翌8日朝、パイワン族の様子がおかしいので散り散りに逃げると、30人くらいが追って来て、衣服を剥ぎ取られた上で、うち54人が殺され首を取られた。

残った12名は、現地の中国人に匿われ、海路、大陸の福建を経由して翌1872年6月7日、 琉球に帰ることができた。

 明治政府は、この事件に対し、1873年、副島種臣外務卿を清国に派遣して問いただした。清国は「台湾先住民は化外の民」、すなわち国家統治による文明化の及ばない民だとして責任を逃れようとした。
 この年の暮れ、征韓論をめぐって西郷隆盛などが下野し、政府が分裂した。翌1874年下野した江藤新平が佐賀の乱を起こすなど政情不安がつのったため、時の権力者大久保利通は、国内の不満を外に振り向けようとして、この宮古島島民の悲劇を利用することにした。すなわち、報復の台湾出兵を、西郷従道(隆盛の弟)を都督として派遣して行ったのである。



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