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2017年12月 1日 (金)

沖縄の歴史(その17)

沖縄の歴史(その17)

第5章 琉球が日本国に併合されるまでの経緯(その2)
第1節 琉球藩の設置(その2)

明治維新の目的は、日本の西洋列強の植民地化の回避であり、その最前線は琉球(現在の沖縄)であった。植民地化の回避を実現したのは「中央集権国家の建設」であり西洋諸国に負けない国家の軍隊「日本軍の創設」である。そして、それを実現する政策が「富国強兵」だった。つまり、中央集権国家体制で富国強兵政策を推し進めたのが明治維新の本質と捉えて間違いない。
明治維新において中央集権国家をつくるために行った最大の改革は廃藩置県である。さらにその廃藩置県の中で最も困難で最もエネルギーを費やしたのは、沖縄県の設置であった。まず琉球を藩にして直ちに廃藩置県を琉球でも行う。それが明治の基本的な認識であったのである。そして、英断を持ってそれが実行された。
しかし、明治政府のこの英断は、その重要性にもかかわらず、琉球国王・尚泰はまだ十分な理解をしていなかったようだ。もちろんん中国の認知するところではない。中国の認識としては依然として琉球国は中国の朝貢国である。琉球国王・尚泰自身も「皇国と支那の御恩」に感謝し、両国を「父母の国」と仰ぎ奉っているとして、日清「両属」の現状維持を要請し、清への朝貢を続け、王位を名乗り続けた。そんな矢先にいわゆる「琉球島民殺害事件」が起きたのである。

琉球が日本国の一つの藩であることを中国並びに琉球に認めさすに至る重大な事件が起こったのだ。



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