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2017年12月14日 (木)

沖縄の歴史(その21)

沖縄の歴史(その21)

おわりに(その1)

今までの「つぶやき」を読んでいただき、「 古代から日本人と沖縄人とは明らかに同じ民族である」ということをご理解いただけたと思う。沖縄は、日本本土の人たちと同じ民族でありながら、日本となったのは比較的新しい。日本政府の認識としては、沖縄藩の設置の以降のことであるが、中国政府の認識としては、日清戦争の後に締結された「下関条約」によって、中国と日本との国境が定まって以降のことである。第2次世界大戦によって、日本が台湾を放棄せざるをえなくなったので、「下関条約」は無効となり、日本と中国との国境は今なお曖昧なままである。つまり、沖縄が日本の領土であるとは国際法上はっきりしていないのである。

2013年88月15日、中国共産党機関紙、人民日報は「尖閣のみならず、沖縄も日本の領土でない」「ポツダム宣言で確定した日本の領土に釣魚島(尖閣諸島)は含まれていない」「中国に対して拘束力を持っていないサンフランシスコ平和条約で「沖縄返還」と言われても無効」で「米国は勝手に沖縄を日本に戻す権利はない」との中国社会科学研究の最高学術機構「中国社会科学院」世界歴史研究所の研究員の意見を載せた。

中国が公式の場で、「沖縄が日本の領土でない」と主張する心配はないと思うけれど、中国人の中には、そう思っている人がいることは確かだ。私は、沖縄には、基地問題という現実の問題の他に、潜在的には、領土問題という難しい問題が潜んでいると思う。日本本土とは異なって特別の問題を抱える沖縄に対して、日本政府として特別の配慮をすべきは当然である。

私は、「はじめに」において、「沖縄問題を基地問題だけに矮小化してはならない。沖縄から「グノーシス」が始まるように,国は力を貸すべきである。」と述べた。「グノーシス」とは、歴史的に、「キリスト教から独立した別個の宗教・哲学体系の「認識」を代表するもの」と言われているが、私は、中沢新一と同じように、より広い概念でとらえたい。すなわち、広域に渡って支配的な中央の文化を包含して新たに誕生した、辺境の宗教や思想などの文化と考えたい。中心地の文化の影響を受けながらも、その地域特有の文化を保持している。時代の進展とともにその地域の文化は今までにない新たな文化に変質してゆくが、その新たな文化は、中心地の文化を変質せしめる。 沖縄問題を基地問題だけに矮小化してはならない。沖縄から「グノーシス」が始まるように,国は力を貸すべきである。



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