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2017年11月 7日 (火)

沖縄の歴史(その10)

沖縄の歴史(その10)

第4章 鎌倉時代から明治にかけての琉球(その1)
第1節 三山時代

私は、三山時代とそれまでのグスク時代は、グスクの性格が根本的に異なっているので、通説とは違って、概ね宗王朝の時代に相当する琉球の時代を単にグスク時代と呼ぶこととしている。私の呼ぶグスク時代(11世紀~1320年頃)は、琉球貿易に携わる小豪族による平和の時代であり、三山時代(1320年頃~1422年)は倭寇が押し寄せた戦争の時代である。
倭寇とは、一般的には13世紀から16世紀にかけて朝鮮半島や中国大陸の沿岸部や一部内陸、及び東アジア諸地域において活動した海賊のことである。密貿易も行っていたとされる。グスクの時代においても、倭寇は琉球にやってきかもしれないが、まだ本格的なものではなく、琉球への来襲が本格的になるのは三山時代に入ってからである。
倭寇の本拠地は、対馬や壱岐・五島列島、備前松浦、豊後菊池、瀬戸内海である。それらの内、どこの倭寇が三山時代に猛威を振るったかは定かではないが、豊後菊池の倭寇が糸満にやってきて、南山王朝を作ったらしい。これは私の仮説である。那覇や今帰仁にやってきて王となった倭寇もいたが、それらの倭寇がどこ出身なのかはまったくわからない。ただ言えることは、今帰仁には源為朝伝説というのがあり、琉球王朝の正式な歴史書にも出てくるので、日本本土から倭寇がやってきて北山(今帰仁地方)と中山(那覇地方)の大豪族になったことは確からしいということだ。
南山王国の初代王は 承察度 である。承察度の出自は不明である。そこで私は、折口信夫の説にしたがって、承察度の出自を九州肥後国とするとともに三山の統一を成し遂げた尚巴志の出自も九州肥後国とする仮説を立てたいと思う。

三山の統一を成し遂げた尚巴志の父尚思紹は南山王国の佐敷按司(貴族)であった。三山の中で、南山王国の佐敷按司であった尚巴志が急速に勢力を伸ばし、まず1406年に中山王武寧を滅ぼして、尚巴志の父である尚思紹を中山王につかせて基盤を固め、その後、1416年に山北王攀安知を滅ぼし、その領土であった奄美群島南部(沖永良部島以南)を領土に組入れ、1422年頃には山南(南山)王の他魯毎を滅ぼして三山時代に終止符を打ち琉球を統一した。琉球王国の誕生である 。

第4章第1節の本文:http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/okireki41.pdf


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