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2017年10月30日 (月)

沖縄の歴史(その7)

沖縄の歴史(その7)

第3章 弥生時代から鎌倉時代前夜にかけての琉球(その1)
第1節 概説

弥生時代から南洋諸島とわが国の往来はあった。中でも有名なのは、「貝の道」である。
特に南海産大型巻貝(ゴホウラ、イモガイ)製の腕輪は、北九州弥生人によって珍重され、琉球弧との間に交易ルートである「貝の道」が開設され、その後南海産大型巻貝製腕輪は、権力者の威信財として古墳時代にまで引き続き使用されていた。

奄美・沖縄諸島で採取されたゴホウラやイモガイは、九州へ移出され、貝輪(かいわ)に仕上げられて全国へ出回った。そして、貝類と交換して持ちこまれた交易品が弥生土器である。
弥生時代、琉球列島では海に生息する貝や魚を採取して生活をする独自の文化が展開される。貝塚文化である。本州では弥生時代になると稲作が始まるが、沖縄では農耕は行われず、貝や魚を採取する漁労を中心とする独自の文化が形成されたのである。

さて、大和朝廷と琉球列島との交流であるが、日本書紀や続日本紀には多くの記述があり、大和朝廷と琉球列島との深いつながりをうかがい知ることができるが、ここではその主なものを紹介しておきたい。
699年文武天皇の時、続日本書紀に種子島、屋久島、奄美、徳之島から朝廷に献上品があった事が記載されているが、 別の記録にも、618年推古天皇の時、流求人約30人が大和に帰化したとの書かれている。720年元正天皇の時には大和朝廷が南島(沖縄)人に位を授けたとの記録もあり、753年聖武天皇の時には、鑑真を乗せた遣唐使船が沖縄に漂着し、阿兒奈波という沖縄の名前が始めて大和の国史に登場する。後に、遣唐使船は何度も沖縄に漂着したようで、交流も深まっていったようだ。

第3章第1節の本文:http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/okireki31.pdf


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