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2017年9月21日 (木)

反民主主義論(その12)

反民主主義論(その12)

第2章 民主主義の本質(その3)
第2節 イギリスの民主主義について・・・ 近藤康史の「分解するイギリス」 (2017年6月、ちくま新書)より(その1)
1、まえがき

かつて世界で「民主主義のモデル」として賞讃されたイギリス政治。だがそれはいまや機能不全に陥り、ブレグジット(Brexit)=EU離脱という事態へと立ち至った。イギリスがこのように「分解」への道をひた走っている真の原因はいったいどこにあるのか。安定→合意→対立→分解へと進んできた現代イギリス政治の流れを俯瞰し、すでにモデルたり得なくなった英国政治の現状をつぶさに考察。混迷をきわめる現代政治のシステムと民主主義モデルの、今後あるべき姿を問いなおした著書が 近藤康史の「分解するイギリス」 (2017年6月、ちくま新書) である。 「分解するイギリス」の「まえがき」で、近藤康史は次のように述べている。

 一つの出来事を境として、ある対象についての見方や評価が、一変してしまうという経験はないだろうか。2016年6月の国民投票において、イギリスが「EU離脱」を選択したことは、そういう出来事だったように思える。それを境に、イギリスが、とりわけその民主主義が、色褪せて見えるようになってしまった人もいるだろう。
 かってイギリスはm「民主主義のモデル」としてとらえられていた。イギリスは議会制民主主義をいち早く確立させるとともに、それが数百年もの間、壊されることもなく持続しており、その安定性も評価されてきた。
 加えて、その政党政治のあり方は、とりわけ近年の日本においては、到達目標にされてきた部分もある。安定した二大政党が生み出す、政策論争とアカウンタービリティーとの両立。それは政党の離合集散が激しく、政党システムが安定せず、政権交代もなかなか起こらず、さらに「決められない政治」が問題視されてきた日本にとって、理想像のようにとらえられてきた。
 しかし、EU離脱という決定を生み出した後でもなお、議会制を中心とするイギリス民主主義を、このような「理想」「モデル」とすることはできるだろうか。
そもそもEUの問題が、国民投票という議会外の手続きに委ねられたこと自体、議会における政党政治では「決められなかった」ことを示している。国民投票のキャンペーンにおいては、政策論争というよりも、事実に基づかない首長や明らかな間違い、あるいはデマが飛び交う場面が目立った。その過程では、移民がスケープゴートにされて社会の分断が露わになるとともに、残留を主張する議員が殺害されるという事件まで起きた。そしてEU離脱という非合理的とも見える結果は、世界に衝撃を与えた。
 このような国民投票の過程と結果は、イギリス民主主義への信頼性を揺るがせ、疑問視させるに十分であっただろう。しかし、このような変化は一朝一夕に起きたわけではない。「EU離脱」という決定はイギリス民主主義の変質を白日の下にさらすものではあったが、その変質は、もっと以前から、じわじわと進んできていた。



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