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2017年6月27日 (火)

知られざる清水寺(その6)

知られざる清水寺(その6)

さて、前回紹介した地図に「お休み処六花亭」というのが見えるが、その右側に、昔、鵺の塚といわれる「毛朱一竹塚(もうしゅいちちくつか)」というのがあった。この「毛朱一竹塚(もうしゅいちちくつか)」について、私の尊敬する小松和彦(国際日本文化研究センターの所長)がその著「京都 魔界案内」(2002年2月、光文社)の中で次のように述べている。すなわち、

『 三年坂にも、さまざまな理由で俗世間を離れた、「坂の者」などと呼ばれることになる「無縁の者」たちが住み着いた。そんな人びとの間で語り出されたと思われるのが、たとえば「毛朱一竹塚(もうしゅいちちくつか)」をめぐる伝承である。平清盛は清水寺に参籠して夢を見た。ある人に占わせると吉夢だという。果報を待つこと7日、内裏の宿直(とのい)に当たっていた時、鵺とおぼしき怪鳥が出現して、闇の中を飛び回った。清盛はこれを捕獲すると、小さな未知の鳥であった。これを占った陰陽師は、これもまた吉と判じた。そこでこの怪鳥を大きな竹の筒に入れて、清水の岡に埋めた。これによって清盛は安芸守(あきのかみ)に昇任した。また、天皇が病気になったときには、この塚に勅使が来て、病気平癒の祭儀をしたという。「源平盛衰記」に見える話であるが、一説によれば、陰陽師にこの鳥の正体を占わせたところ、「毛朱」といって年老いた鼠の化け物であると判じたという。天皇が病気のときに、ここに勅使が来て祭祀めいたことをしたというのだから、きっと塚に葬られた妖怪のたぐいが祟(たた)りをなしたと判断したのだろう。この塚は大正の頃まで三年坂の崖にあったという。つまり、平安時代から中世におい
ては、このあたりは、退治さてもなお祟るような、恐ろしい妖怪の埋葬地であったのである。』・・・と。

清水寺は「聖地」と「魔界」の交錯する「場所」であることを示す根拠としては以上の鵺の話で十分かも知れないが、念のため、もうひとつ清水寺の境内にある地主神社で行なわれていた「丑の刻参り」の話を付け加えておきたい。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/jishujin.pdf

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