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2017年5月 8日 (月)

藤原不比等論第1章

藤原不比等論

第1章 概論

大化の改新以降、天皇の実力がついてきて、律令国家となる。つまり、天皇主権
法治国家の誕生したのである。天皇主権国家は、1232年の北条泰時の時代まで続く。

天皇主権法治国家の時代にも天皇を凌ぐ権力を発揮した権力者がいたが、蘇我入鹿、藤原道長などといえども、天皇と血縁関係を結び、天皇の権威を利用したからこそ、権力を発揮できたのであある。

武士の時代になって初めて権力と権威が分離された。それを行ったのが北条泰時である。
1232年のことである。物言わぬ天皇の誕生だ。

大宝律令は「祓いの神道」の国家計画化が大前提になっている。「祓いの神道」の国家計画化がなければ、天皇主権法治国家というか天皇を中心とした中央集権国家はありえないのである。したがって、「祓いの神道」の理解なくして、藤原不比等を理解したことにはならない。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/huhito011.pdf








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