« 台湾(その17) | トップページ | 藤原不比等論 »

2017年4月18日 (火)

台湾(その18)

台湾(その18)

第2章  大航海時代から現代までの台湾

第2節  台湾の近代化
2、日本の統治時代

(2)鉄道(その1)
台湾の歴史上で最初に鉄道の施設を決めたのは、清朝統治時代末期に台湾巡撫として台湾に赴任していた劉銘伝である。軌間は1067mm(狭軌)を採用し、1887年に基隆から台北を経て新竹に至る区間の工事が始まった。路線は先ず1888年に初代台北駅~錫口(現台北市松山区)間が先行開通し、中国初の鉄道トンネルとなる獅球嶺トンネルの完工を経て、1891年に台北駅~基隆駅間の28.6kmが開通した。当初、1日1往復の運行(旧正月運休)で、所要時間は1時間強であったと言う。その後、路線は1893年に新竹駅まで延長され、総延長は約100kmとなった。
清朝当局は線路の終着点を台南にまで延ばす構想を持っており、新竹駅から崎頂付近まで線路の基盤工事を行っていた。だが、日清戦争以降の混乱で建設はとん挫し、台湾総督府が設置されるまで本格的な鉄道建設は行なわれなかった。
その後、日清戦争を経て台湾が日本統治下に入ると、日本は台湾の経営のためには鉄道整備が欠かせないと考え、1895年(明治28年)に「台湾鉄道線区司令部」をを設置して既存の鉄道の管理・輸送を担当させた。


« 台湾(その17) | トップページ | 藤原不比等論 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1117507/70296107

この記事へのトラックバック一覧です: 台湾(その18):

« 台湾(その17) | トップページ | 藤原不比等論 »