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2017年3月10日 (金)

地蔵信仰(その7)

地蔵信仰(その7)

第3章 峠などに祀られているお地蔵(その1)

私の好きな昔話に「笠地蔵」というのがある。「はじめに」述べたように、村はずれの峠などに祀られている笠地蔵のようなお地蔵は、十一面観音と対になって祀られている地蔵菩薩と矢田寺に祀られている地蔵菩薩とは、どうも種類の違うお地蔵さんらしい。したがって、ここでは、峠などに祀られているお地蔵がどのような経緯で祀られるようになったのか、それを明らかにしたいと思う。

峠などとは、村はずれの峠、村境、道の分岐点、橋のたもとなどである。こういうところに祀られている神は、多種多様だが、本来は、どうも「くなどの神」とか「境の神」と呼ばれる神らしい。そのような神はどのような経緯で祀られるようになったのか、まずそれを勉強することとしたい。

古くは、京の都の四隅において行われた祭りで 道饗(みちあえ)祭という祭があった。これは、京の都で行われた神祇令に定められた神道恒例の祭りであったが、疾疫あるときは臨時に諸国で行われたらしい。地方で行われた臨時の 道饗(みちあえ)祭については文献がないので、その内容がはっきりしないが、京の都で行われた 道饗(みちあえ)祭については、《令義解》や《延喜式》などの文献に出てくる。
《令義解》によると、鬼魅(きみ)が外から侵入してくるのを京の都に入れないようにするため、京の都の四隅の路上で饗応し遏(とど)むるのだという。また、《延喜式》の同祭祝詞によると、八衢比古(やちまたひこ)、八衢比売、久那斗(くなど)の三神をまつり、鬼魅・妖物の侵入を防ぎまもってもらうため、幣帛(へいはく)をたて祀って行われるのだという。

これらの文献によると、鬼魅(きみ)が外から侵入してくるのを防ぐ目的があったこと、久那斗(くなど)の神という神がいるということが判る。

ウィキペディアによると、「くなどの神」とは、 民間信仰において、疫病・災害などをもたらす悪神・悪霊が聚落に入るのを防ぐとされる神であると書かれており、「久那土」には「岐」という漢字が当てられている。そして、「くなど」は「来な処」すなわち「きてはならない所」の意味であるとされている。

私は学者でないので、これ以上のことは解らないが、「きてはならない」とは疫病・災害などをもたらす悪神・悪霊が来てはならないという意味であり、そういう疫病・災害などをもたらす悪神・悪霊が通るであろう 道の分岐点、峠、橋、あるいは村境などに 岐(くなど)の神を祀って、悪神・悪霊が村人の生活空間に入ってくるのを防ぐよう努めたのであろう。ウィキペディアには、そういう「くなどの神」に対する民間信仰が、道祖神の原型であると書かれている。



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