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2017年2月26日 (日)

地蔵信仰(その4)

地蔵信仰(その4)

第1章 地蔵菩薩信仰の始まり(その3)

私は、「白山信仰について」という論文(http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/sirazentai.pdf)で、白山における信仰の段階を四段階に分けて理解することとした。 第1段階は磐座(いわくら)・磐境(いわさか)に対して祭祀を行った縄文時代の信仰、第2段階はシラ信仰、第3段階は菊理媛(くくりひめ)信仰、第4段階は現在の白山(はくさん)信仰の段階である

「シラ信仰」とは、① 沖縄や伊豆諸島に伝わるシラの神、 ② 奥三河の花祭り、③ 立山芦峅寺の布橋灌頂、④ 遠山郷の霜月祭りなどの、あるいはまた私たち人間と世界と天なる神の世界を繋ぐ・・・ まあ言うなれば、 繋ぎの神(http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/tunagikami.pdf) の祭り、一言で言えば、豊穣や誕生を祈る祭りを行う信仰である。

繋ぎの神は、片や集落の繁栄を祈るものとして、① 沖縄や伊豆諸島に伝わるシラの神、 ② 奥三河の花祭り、③ 立山芦峅寺の布橋灌頂、④ 遠山郷の霜月祭りなどを生み出し、片や個人の幸せと願うものとして地蔵菩薩や道祖神などを生み出すのである。これを、私は、繋ぎの神の進化と呼んでいる。

現在の信仰は古代の信仰とつながっている。もちろん、時代の影響を受けて、そのやり方は変化してきてはいるが、現在の信仰の姿の中に、古代の信仰の面影が残っている。地蔵信仰は、仏教伝来以降、仏教寺院で祀られる地蔵菩薩信仰に始まるが、それは地の神に対して豊穣や誕生を祈るものである。美濃馬場・長滝白山神社で現在行われている「花奪祭(はなばいまつり)」は シラ信仰の名残であるが、シラ信仰は古代の信仰として仏教伝来以前から存在したものと思われるが、(http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/yanagisira.pdf)、 それが繋ぎの神の進化とどのような関係にあるのかはよくわかっていない。しかし、泰澄は、「花奪祭(はなばいまつり)」が地の神に対して豊穣や誕生を祈る祭りであることを十分知っており、地の神に対する信仰の重要性を十分認識していたと思われる。

白洲正子「十一面観音巡礼」(2010年2月、講談社)の解説で、小川光三は、「十一面観音と地蔵が一対に祀られるのは、天の神の依り代の神籬(ひもろぎ、神の依り代となる木)と、地の神の出現する磐座が、一対に祀られていたことに起因する。」と書いているが、(http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/ittuino.pdf)、十一面観音は天の神で地蔵菩薩は地の神である。繋ぎの神は本来天の神と地の神をともに祀るものである。
そのようなところから、泰澄は、十一面観音を祀ると同時に地蔵を祀ることを推奨したのだと思う。

十一面観音の信仰は、泰澄に始まったといって過言ではあるまい。





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