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2017年2月 3日 (金)

白山信仰と中尊寺や毛越寺

白山信仰と中尊寺や毛越寺


白山信仰(その7)で述べたように、秦一族と慈覚大師・円仁は深く繋がっている。そして、二人は、長滝寺の繁栄に深く関わったばかりでなく、実は、中尊寺や毛越寺の繁栄にも深く関わっているのである。それをこれから説明したい。

岐阜県美濃の長滝白山神社の「延年の舞」は、「長滝の延年」と呼ばれ、国の重要無形民俗文化財になっているが、岩手県平泉の 毛越寺に伝承される「延年の舞」も「毛越寺の延年」と呼ばれ、国の重要無形民俗文化財になっている。そして、それら「延年の舞」に起因するものと思われるものに、長滝白山神社には 国の重要文化財「29面の能面」が残されているし、毛越寺には 歴史的に誠に貴重な能舞台がある。

なお、長滝白山神社は、古くは白山中宮長滝寺と称したが、明治時代の神仏分離により、長滝白山神社と長滝寺に分離された。神仏分離後も長滝白山神社と長滝寺は同一境内にあり、参道も同じである。

毛越寺に伝承される「延年の舞」は、開山以来連綿と行われてきた常行三昧供の修法とあわせて国の重要無形民俗文化財に指定されている。最古の能といって良いかどうか判らないが、毛越寺の「延年」は能の原型を示すもので、きわめて貴重のものである。 現在、常行堂では、古伝の常行三眛供の修法のあと、法楽に「延年の舞」が奉納されている。

毛越寺では、古代にこの「延年の舞」が舞われた関係で、日本最古の能舞台と言って良いかどうか判らないが、歴史的に誠に貴重な能舞台がある。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/mounoubutai.pdf

中尊寺の近くには、中尊寺境内の白山神社の他に、二カ所の白山神社がある。平泉町長島字白山21番の 白山神社 と 平泉町平泉字衣関173番 白山神社 である。このことは、白山信仰の本拠地・福井県、石川県、岐阜県の県境にまたがる白山の修験者が秦氏に引き連れられてこの地にやって来たことを意味している。円仁(慈覚大師)が、今は北上川の一関(いちのせき)遊水池にあった藤原氏「柳の御所」の支援の下、中尊寺を創建する際に、彼らは秦氏の差配に従って然るべき宗教活動をしたのであろう。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/tyuusonno.pdf

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