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2017年2月 3日 (金)

白山信仰(その7)

白山信仰(その7)
それでは、美濃馬場・長滝寺について、「秦一族との繋がり」という観点に立って、持論をお話ししたい。
まず、美濃馬場・長滝寺の歴史的文化財について、次のホームページをご覧いただきたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/nagatabun.pdf

何故、美濃馬場・長滝寺にこのような数多くの歴史的文化財があるのか? 全く驚きではないか。

白山信仰(はくさんしんこう) というこの論考を進める上で再整理した「 浄蔵と秦一族、そして円仁 」というページで述べたように、浄蔵と秦一族、そして慈覚大師・円仁は、それぞれ深く繋がっている。白山において白山寺、平泉寺、長滝寺はいずれも比叡山延暦寺の末寺になっているが、 それは、上述したように、白山の山岳信仰に大きな力を発揮していた民間宗教家・泰澄の権威を、浄蔵は比叡山天台宗の権威付けのために利用したのであり、以来、比叡山天台宗は、白山にその勢力を及ぼすように力を注いだ、その結果であろう。

秦一族が白鳥地方にいつやってきたかは判らないが、比叡山天台宗が美濃への勢力拡大をは図った頃には、すでに、白鳥地方に住みついて養蚕を行っていたらしい。

現在、美濃馬場・長滝白山神社では、毎年1月6日に「花奪祭(はなばいまつり)」という神事が行われている。1月6日に行われるところから、「六日祭」ともいう。

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