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2016年12月22日 (木)

天皇の「聖性」

天皇の「聖性」

藤原不比等は歴史上いちにを争う偉大な政治家である。その藤原不比等の深慮遠謀について、私の力作がある。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/yamatai07.pdf

私は、その文書の中で、不比等の功績のうち三つに焦点を当てていろいろと書いた。すなわち、不比等は、阿多隼人の存在を警戒しながらも、彼ら海人族の文化については、その吸収に重大な関心を持って、いろいろと手を打った。その一つは阿多隼人の有する呪力であり、もう一つは天照大神に関する神話と伊勢神宮の創建である。三つ目は、物部一族や秦一族の率いる職能集団の統括である。それらは、上記の文書を読んでいただくとして、ここでは、天照大神について紹介しておきたい。

シャーマニズムは、古モンゴリアンの文化である。日本はその文化の中にある。卑弥呼も台与もシャーマンである。その伝統を復活させたのは,不比等である。不比等は、伊勢神宮をして,天皇の祖神として天照大神を祀ると同時に,天皇をシャーマンにしつらえたのである。これは、卑弥呼や台与の祭祀の復活であって、政治的権力は藤原氏にある。不比等はそれを主張したかったのである。それが、記紀の基本的な姿勢である。不比等は、天皇を前面に押し立てながら、己の権威を保持しようとしたのである。これは、素晴らしい考えであると思う。天皇を支える腹心が権力闘争に明け暮れてはいけない。それは、今も変わりはない。わが国の国是は、あくまでも天皇を中心として、まとまっていく国なのである。そのような国是を作ったのは不比等である。そう意味から、私は,記紀の素晴らしさを高く評価したい。そのような評価をした上で、記紀を分析検討しなければならない。記紀における神話や物語は、大きな歴史的価値を有している。

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