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2016年10月 3日 (月)

平和国家(その5)

祈りの国ニッポン(その5) 靖国問題が終わらない限り戦後は終わらない。靖国問題には、 戦犯東条英機の分祀問題という政治決断だけという単純な問題のほかに、思想的に二つの大変難しい問題がある。日中戦争に対する歴史認識の問題、御霊信仰に基づく新たな儀式の問題という二つの問題である。 日中戦争についてはすでに私なりの認識を書いた。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/manjihen1.pdf

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/sinajihen.pdf

私は、このような認識に立つならば、中国との歴史認識の根本的な相違はなくなると思う。問題は、わが国の頭の固いというか偏見を持った多くの人たちの認識を変えることの難しさである。欧米の列国がそうであったのだから、どうしても日本のかっての軍国主義を擁護したくなるのは人情である。しかし、中国との歴史問題は、欧米列国との関係ではなく、中国との関係を考えて、孫文に思いを寄せながら、ここはひとつ日本の正義を貫くことが大事ではないか。私はそのような思いから支那事変に関する一連の論説を書いたのである。

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