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2016年9月 3日 (土)

中国伝統文化(その4)

中国伝統文化を考える旅(その4)

第1章 道教文化(その1)
第1節 呪力ということについて

「鰯(ゐわし)の頭も信心から」という「いろはカルタ」が京都にある。私は京都生まれ京都育ちだから、そのカルタを読んだ記憶と節分の頃に玄関口に鬼避(よ)けに鰯(いわし)の頭が飾ってあった風景が記憶にある。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/tabi01.jpg


「鰯(ゐわし)の頭も信心から」という言葉の意味は、鰯の頭のようなつまらない物であっても、神棚にまつって信心すれば有り難いと思うようになる、さらには、第三者の目からはつまらないものに見えても、信心する人にとっては尊くありがたい存在になるという意味だが、京都では、昔、節分の夜に鰯の頭を柊の枝に刺して門口に飾っておくと、鰯の臭気が邪鬼を追い払うと信じられて、そういう風習が実際にあった。
平安時代には、正月の門口に飾った注連縄(しめなわ)に、柊の枝と「鯔(ぼら)」の頭を刺す習慣があったようである。平安時代の紀貫之の土佐日記には、「小家の門の端出之縄(しるくべなは)の鯔(なよし)の頭、柊らいかにぞ。とぞいひあへなる」とあるから、そういう風習が平安時代からあったことは間違いない。今、そういうことをやっている家があるかどうか、私は知らないが、近年までそういう家があったことは間違いない。
さて、平安時代の話になるが、 呪い(まじない)」が流行った。

儀式において式神を使役するのは大陰陽師であり、下級の陰陽師はそれほど「呪力」が強くないので、下級の陰陽師が行なうのはせいぜい「呪い(まじない)」ぐらいであって、それも何かの儀式というのではなかった。下級の陰陽師は、一般庶民の願いに応じてさまざまな「呪い(まじない)」を行なった。大陰陽師の行なう式神を使役しての儀式は今では見ることができないが、下級の陰陽師の行なった「 呪い(まじない)」はその後姿を変えて今に広く行なわれている。赤い腰巻き、人形(ひとがた)や流し雛(ながしびな)、てるてる坊主、武者人形、親指隠し、いわしの頭、逆さ箒(ほうき)、下駄の灸、屠蘇、七草、節句の桃、節句の鯉のぼり、茅の輪、七夕のささ、その他にさまざまな呪符などである。

呪力ということについては、私の論考がある。呪力というものは確かにあるというのが私の考えである。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/jyuryokuni.pdf




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