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2016年9月24日 (土)

中国伝統文化(その21)

中国伝統文化を考える旅

2016年8月31日
国土政策研究会
会長 岩井國臣

中国の長い歴史の中で「諸子百家」という言葉がある。諸子百家(しょしひゃっか)とは、中国の春秋戦国時代に現れた学者・学派の総称である。「諸子」は孔子、老子、荘子、墨子、孟子、荀子などの人物を指す。「百家」は儒家、道家、墨家、名家、法家などの学派に属する多くの人々のことである。
春秋戦国時代(しゅんじゅうせんごくじだい)は、中国史において、紀元前770年に周が都を洛邑(成周)へ移してから、紀元前221年に秦が中国を統一するまでの時代のことである。その時代に活躍した諸子百家、そのような多くの学者が政治に関与した、そういう歴史は世界の歴史でも珍しく、中国伝統文化の一つと考えられる。しかし、そういう中国伝統文化は、 いわゆる諸子百家の時代に花咲いたとはいえ、その下地はもっと古い時代にある。政治に大きな影響を与えた思想家が少なからずいたのである。その代表が晏嬰(あんえい)である。
晏 嬰( 紀元前500年頃の政治家)は、中国春秋時代の斉の政治家。学派を形成したわけではなかったので、諸子百家には入らないが、当時の王朝の中でもっとも偉大な思想家である。中国春秋時代には多くの学者が王朝の政治に大きな役割を果たすが、その源流に晏嬰がいるのである。

晏嬰の時代から、150年〜200年ほど後になるが、紀元前4世紀(紀元前400年から紀元前301年まで)田斉の盛時をもたらした威王や宣王は、各地から多くの学者を集めた。彼らは日々論争し、人々はこれを百家争鳴と呼んだ。

諸子百家の文化、その源流に晏嬰がいるのである。したがって、多くの学者が政治に関与するという中国の伝統文化を知るためには、晏嬰という人物のことを知らねばならない。

中国の伝統文化として忘れてならない一つに道教文化がある。 晏嬰が面白いと同じように、道教も面白い。こだわりがないからだ。日本の宗教は神仏習合の歴史を持っているが、道教は、老子の教えを基軸に、老子の教えと孔子の教えと仙人の教えという三つの教えが習合しながら発達してきたものである。

道教文化について勉強するとともに、 天命政治の成功のために今後何が必要かを私なりに考えてみたい。それが、中国伝統文化を考える私の旅である。

日本の場合は、民主主義政治であるので政治的最高権力者の上に国民がいる。中国の場合は、天命政治であるので、政治的最高権力者の上に「天」がいる。黄老道は、政治的最高権力者が天道に背く君主の勝手な行動をとることを禁じ、また秩序維持のために社会に過度に干渉することは避け、さらに統治にかかるコストを下げるべきとする。

中国にも憲法がある。その憲法は、中国共産党が英知を集めて、作り上げたものであるので、今後改正があるにしても、当面、それを大前提に正しく政治が行われればそれで良い。今皇帝は、憲法から逸脱するような勝手な行動をとってはならないし、常に「天の道」に即して、秩序維持のために社会に過度に干渉することは避け、さらに統治にかかるコストを下げるようにしなければならない。道家の中から、老子哲学をしっかり身につけた名僧が生まれでてくれば、その人物の指導を得て、今皇帝はそういう政治を行うことができる。そうすれば、これからも中国は天命政治を続けることができる。中国共産党一党独裁の政治を続けることができるのである。もし、道家の中から、 晏嬰など「社稷の臣」の思想に学びながら、老子哲学をしっかり身につけた名僧、そういう人物が出てこなければ、中国の天命政治は終わる。中国共産党一党独裁の政治は終わらざるを得ない。

以上のことを書いたのが、次の「中国伝統文化を考える旅」という論文である。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/tyuuden.pdf

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