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2016年9月24日 (土)

中国伝統文化(その20)

中国伝統文化を考える旅(その20)

第2章 天命政治の成功のために(その8)
第2節 政治哲学(その6) 
2、 今皇帝の教育(その2)

陶 弘景(とう こうけい)という人がいる。 陶 弘景 は、中国六朝時代の医学者・科学者であり、道教の茅山派の開祖である。梁の武帝は、陶弘景の才知を頼り、元号の選定をはじめ吉凶や軍事などの重大な国政に彼の意見を取り入れた。このため武帝と頻繁に書簡を交わしたので「山中宰相」と人々に呼ばれるようになる。「山中宰相」とは、 在野にあって国政の大事を相談される人物のことである。いわゆる「竹林の七賢人」もそうである。
山濤と王戎は、道士ではなかったが、世を憂う「竹林の賢人」であった。世を憂う人々の集まる場所があり、そこに阮籍のような良き指導者がいれば、その中から、政治に関わる人が出てくる。いわゆる「社稷の臣」でなくとも、在野の人でありながら老子の思想に基づき為政者の指導をすることの出来る人物でありさえすればいい。山濤も王戎も阮籍も「老荘思想」を理想としていた人であったようだ。道教が再び隆盛を極めれば、多くの道観の中から、世を憂う人々の集まる道観ができるであろう。なにせ老子哲学は、政治哲学としての側面も持っているのだから、世を憂う道観座主が出てきても決して不自然なことではない。その座主の計らいによって、道観の一隅に 世を憂う人々の集まる場所ができ、侃侃諤諤の議論が行われる。その議論にその道観の道士も参加する、そういうことが私の期待である。道家の中から、 晏嬰など「社稷の臣」の思想に学びながら、老子哲学をしっかり身につけた名僧、そういう人物が出てきてほしいものだ。

第1節で述べたように、民族宗教というものは極めて大事である。中国が、今後、漢民族の宗教・道教の保護育成するという政策転換を行えば、道教は勢いづき、道家の中から、老子哲学をしっかり身につけた名僧が生まれでてくる可能性は高い。そういう人物は、日本に照らし合わせれば、明恵に相当する。時の最高権力者・北条泰時が明恵に指導を仰いだように、老子哲学をしっかり身につけた名僧は、共産党最高権力者がその気になりさえすれば、共産党最高権力者の期待に十分答えることができるであろう。

日本の場合は、民主主義政治であるので政治的最高権力者の上に国民がいる。中国の場合は、天命政治であるので、政治的最高権力者の上に「天」がいる。黄老道は、政治的最高権力者が天道に背く君主の勝手な行動をとることを禁じ、また秩序維持のために社会に過度に干渉することは避け、さらに統治にかかるコストを下げるべきとする。

中国にも憲法がある。その憲法は、中国共産党が英知を集めて、作り上げたものであるので、今後改正があるにしても、当面、それを大前提に正しく政治が行われればそれで良い。今皇帝は、憲法から逸脱するような勝手な行動をとってはならないし、常に「天の道」に即して、秩序維持のために社会に過度に干渉することは避け、さらに統治にかかるコストを下げるようにしなければならない。道家の中から、老子哲学をしっかり身につけた名僧が生まれでてくれば、その人物の指導を得て、今皇帝はそういう政治を行うことができる。そうすれば、これからも中国は天命政治を続けることができる。中国共産党一党独裁の政治を続けることができるのである。もし、道家の中から、 晏嬰など「社稷の臣」の思想に学びながら、老子哲学をしっかり身につけた名僧、そういう人物が出てこなければ、中国の天命政治は終わる。中国共産党一党独裁の政治は終わらざるを得ない。


 

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