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2016年9月21日 (水)

中国伝統文化(その18)

中国伝統文化を考える旅(その18)

第2章 天命政治の成功のために(その6)
第2節 政治哲学(その4) 
1、 晏嬰(その3)・・・ 晏嬰に関するエピソード
(3)景公の先代荘公の場合

① 荘公は晏嬰にこのような下問を発した。「当世を威(おど)して添加を復するは、時か?」と言った。今の世に武威をふるって天下を征服するにしても、時に恵まれなければ、できないことなのか、と聞いたのである。それに対して晏嬰は、「行です」と答えた。
「何を行うのか」走行は晏嬰の意見を聞くゆとりを持っていた。晏嬰はそれに対して次のように言う。
「走行が天下を復する道を歩みたいのなら、方法は武威だけではない。むしろ武力を念頭から外して、斉の国民を愛することから始める、次に、国民と臣下が必死の努力をすることを尊重する。さらに、裁判を公平に行い、賢臣を抜擢して国政に当たらせるようににする。他国の君主は武力を恐れるより、その方が怖いのであるから、斉の善政こそ初稿を威することになる。常に人おを思いやり、人の道を踏み外さないようなところにいれば、それがそのまま天下を服する道になる。」晏嬰は身じろぎもせず言った。

② 夜、荘公は楽人に歌を歌わせながら酒を飲み、ふと彼は側近に酔眼を向け、「晏嬰をここに呼んで来い」と命じた。座興に晏嬰をからかってやろうと思ったのである。そして晏嬰が来ると、荘公があらかじめ楽人に耳打ちしておいた歌を楽人が歌った。「己(や)めんかな、己(や)めんかな、寡人(かじん)説(よろこ)ぶこと能(あた)わざるなり、爾(なんじ)何ぞ来(きた)るや」
それに対して、晏嬰は、「 己(や)めんかな、己(や)めんかな、国人選ぶこと能(あた)わざるなり、爾(なんじ)何ぞ在るや」と歌った。荘公に君主の座から去ったらどうかと勧める歌である。そう言い残して、晏嬰は故郷夷維に帰ってしまう。

註:酒の席での戯言がもとで 晏嬰をなくした荘公は、程なく崔杼(さいちょ)の反乱によって殺されてしまう。晏嬰を失わなければ、崔杼(さいちょ)の反乱は成功しなかったかもしれない。晏嬰は故郷夷維は、現在の淄博市と青島市の中間ぐらいのところにあって、晏嬰はそこでしばらく百姓みたいな生活をするのである。しかし、斉の国は、「社稷の臣」晏嬰を必要としていた。晏嬰は、夷維で 崔杼(さいちょ)の動きを聞くや直ちに崔杼(さいちょ)の邸宅に赴くが、それは荘公の殺戮された直後であった。まだ、地面に仰臥している荘公の屍体に近寄り、晏嬰は、ふと、眼差しを和らげ、さらに悲しみ色で染めた。晏嬰は膝をついた。その膝をじりじり進めながら、荘公に手を差し伸べ、頭を抱えると、自分の股(もも)の上においた。優しい手つきであった。やがて泣き、また哭いた。泣哭(きゅうこく)を終えると、股(もも)の枕をはずし、三度跳(おど)り上がった。それを三踊(さんよう)という。もっとも深い哀しみを表す礼(れい)である。身の置き場もない哀しみを表現するのであろうか。



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