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2016年9月 7日 (水)

中国伝統l文化(その8)

中国伝統文化を考える旅(その8)

第1章 道教文化(その5)
第3節 道教の面白さ(その2)
1、仙人思想と仙薬(その2)

道教研究者によれば、内丹説は隋代の蘇元朗に始まるという。外丹術が盛行した唐代には内丹術と外丹術は並存しており、当時の書物である『上洞心経丹訣』などは内丹と外丹を共に修行すべきことを説いているが、外丹術は宋代には下火になっていった。一方、内丹術は唐末に隆盛し、その時代に成立したと言われる『鍾呂伝道集』や『霊宝畢法』の出現をもってひとつの完成形が示され、北宋に著された『悟真篇』によって大成して、南宋以降にさらに発展していった。北宋の張伯端のように、出家を否定し道教教団とは関わりのないところで修行し弟子に伝える修煉の士もいたが、出家主義をとる全真教に取り入れられた内丹術は道観のなかで「口伝」によって受け継がれていった。

現在では種々の修法があり、およそ700の流派があるともいわれる。北京・白雲観を大本山とする全真教の龍門派からは明末に伍冲虚、清代には伍冲虚の教えを受けた柳華陽を輩出し、この両者は、本来は「口訣」を旨とした「修法」の概要を書物に著した。その書物は、道士のみならず、多くの一般賛同者を外部に得て、政治家や軍人、文人などの在家修行者を増やした。

仙人の思想を神仙思想という。 漢の武帝は、儒家・董仲舒(とうちゅうじょ)の進言をいれて儒教中心の政治を行うようになって、淮南(わいなん)王劉安(りゅうあん)の反発を招いた。 漢の武帝は、神仙を愛好していたので、政治は政治、文化は文化と割り切って、神仙の徒・道家も集めて神仙思想の普及を図ればよかったように思われるが、そうはしなかった。神仙の徒・道家を集めたのは、漢の武帝に反発した 淮南王の劉安である。淮南王の劉安は、道家のみならす儒家も含めて多くの学者を集め、そしてそれらの学者たちのまったく自由な議論の中からかの有名な「淮南子」が生まれ、老荘の思想が確立した。淮南子については、私の論考をご覧いただきたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/enanji.pdf



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