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2016年8月23日 (火)

シャングリラ(その50)

シャングリラ(その50)
第4章 ラサ(拉 薩)(その11)
第3節 ラサで見かける僧侶

ラサの中心市街地・城関区には、 チベット仏教の代表的な寺院として、 かの有名なポタラ宮の他に、デプン寺、セラ寺、トゥルナン寺、ネチュン寺があり、僧侶の姿を見かけることが多い。

タイでは、多くの僧が朝早くから托鉢に出かけて、人々から喜捨を受ける習わしになっているので、僧侶は市民に身近な存在になっている。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/tainobunka.pdf

ラオスでも同じような風景があるようです。
http://www.asiatravelnote.com/2014/12/29/morning_alms_in_luang_prabang.php

また、日本でも、あまり一般的ではないが、多くの僧侶が托鉢にであるところも決してなくはない。
http://nakahara110-1.seesaa.net/article/140031622.html
http://newmittyan.blog12.fc2.com/blog-entry-8.html

http://blogs.yahoo.co.jp/fusendo/61749578.html
http://yasu733.exblog.jp/16368527/

私の小さい頃、妙心寺の雲水10名ほどが私の家の方まで托鉢で出かけて来られ、岩井家の墓が妙心寺にあったご縁でしょうか、年に2度ほど私の家で昼食をしておられました。懐かしい思い出です。

僧侶の存在が、私たちの生活と身近な存在としてあればあるほど、信仰心が自ずと身につくようです。

ラサの場合は、托鉢ではありませんが、チベット人に身近な存在で、それだけチベット人は信仰心に熱いようです。ラサに住むチベット人が羨ましいと思う点は、その点です。

それでは、ラサで見かける僧侶の風景をご紹介しましょう。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/rasasou.pdf


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