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2016年8月24日 (水)

シャングリラ(その51)

シャングリラ(その51)
第4章 ラサ(拉 薩)(その12)
第4節 祈りの風景

なぜ、チベット人は何故あれほど信心深いのか? 

チベット仏教の教えによれば、すべての生きとし生けるものは輪廻転生すると考えられている。輪廻転生とは、一時的に肉体は滅びても、魂は滅びることなく永遠に継続することである。ヒンドゥー教や仏教などインド哲学・東洋思想において顕著だが、古代のエジプトやギリシャ(オルペウス教、ピタゴラス教団、プラトン)など世界の各地に見られる。ダライ・ラマの制度も輪廻転生の思想によってつくられたが、ラマ僧は一般の人々にその輪廻転生の思想を教えてきたのであろう。チベット人は、一般に、「生きてる間に信心深く、なおかつ善行を積んでおれば、死後、幸せな人間に生まれ変わる」と、信じているようだ。したがって、現在、輪廻転生の思想は、チベット仏教においてもっとも顕著に息づいているようだ。

チベット人が驚くべき信仰心を持っているのは、やはりチベット仏教の教えにあるものと思われる。チベット人は、チベット仏教に対する信頼、ダライ・ラマに対する信頼、ラマ僧侶に対する信頼がある。

ラサでは、チベット人の生活の身近なところに、僧侶の姿があるので、それだけに チベット仏教に対する信頼が熱いように思われる。
それでは、ラサにおけるチベット人の祈りの風景を紹介しておきたい。私たちは、その風景を見て、驚きを感じるとともに、自ずと畏敬の念を抱かざるをえない。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/rasaino.pdf

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