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2016年7月18日 (月)

シャングリラ(その15)

シャングリラ(その15)
第2章 中国という国(その2)
第1節 概要(その2)

劉肥はやがて斉国に封ぜられて斉の国王となる。その斉国の宰相に曾参という人がいる。 曾参は、 劉邦の信頼する猛将で、身に数十カ所の刀傷、矢傷があったという。曾参は、劉邦から斉の国王を命ぜられたものの、政治についてはズブの素人にすぎなった。そこで斉の国に赴任してから、地元の長老や学者を招いて政治のコツについて教えを請うた。ところが、一人一人みな言うことが違っていて、もう一つ納得がいかない。
曾参は、 政治哲学として「黄老の術」を採用する。やがて中央政府・漢王朝の宰相となり、漢王朝にも「黄老の術」が及ぶこととなった。たまたまその頃、さる地方に蓋公という人物がいて、「黄老の術」を修めているという噂を耳にする。早速招いて教えを請うたところ、蓋公は「治道は清静を貴ぶ。而して民自ら化す」と言って、「黄老の術」を詳しく教えてくれた。 曾参は「これだ!」と思ったに違いない。さっそくこの術に則った政治を行ったところ、斉の国はよく治った。
「黄老」とは、後年、老子の主張した政治哲学に他ならない。老子は「大国を治むるは、小鮮を煮るが如し」と言っている。小魚を煮る時はやたらにかき回してはならない。かき回すとばらばらに崩れてしまう。国の政治もそれと同じこと、そろりそろりと対処するのがコツである、という意味だ。老子のこのような政治哲学を、「黄老の術」または「黄老の道」などともいうが、これは、漢の武帝の時代に、淮南王劉安のもとに集結した道家の連中が自らの主張を権威づけるためにそう呼んだものである。 淮南子が確立した老荘思想は、淮南王劉安が編集確立した書「淮南子」によって確立された儒家・法家・陰陽家の思想を包含したまったく新しい哲学である。
道家の天命政治とは、今風に言うと、『1、積極的に政策を展開しない。2、上からの介入や干渉を避ける。3、民間の活力を助長する。』ということになろうか。儒家の天命政治とは180度違う政治である。漢の武帝は儒家の天命政治に基づいて積極的な政治を行ったので、漢王朝は最も隆盛を極め、その後、道家の「黄老の術」または「黄老の道」に基づく政治は行われなくなった。
しかしながら、老子の世界性を考えると、私は、中国の天命政治は、道家の天命政治、つまり「 黄老の術」または「黄老の道」が理想であると思う。曾参、劉肥、そして劉邦に想いを馳せるべきである。
中国という国は、世界最強の宗教「道教」の国であり、老子の国なのである。
これらのことについては、私が書いた次の論文を参照されたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/doukyouni.pdf
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/enanji.pdf

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