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2016年7月 4日 (月)

シャングリラ(その2)

シャングリラ(その2)
はじめに(その2)

チベット仏教といえば、本家本元はチベット自治区である。チベット自治区の中心都市は、ラサ市である。ラサ市は第二のシャングリラにならないだろうか? そんなことを考えて、書き上げたのがこの「シャングリラ」という論考である。

中国中央政府とチベット自治区の間には、いわゆる「チベット問題」が横たわっており、今なお解決していない。中国中央政府がラサ市に第二のシャングリラを作るとしたら、まず「チベット問題」を解決しなければならない。その可能性はあるのか? また、それを解決するということは、世界的に見てどのような意味があるのか? 論考を進めていくうちに次々と考えねばならない問題が出てきて、結構苦労したが、そのお陰で中国が抱える当面の政治課題も見えてきた。中国について、私は、今まで色々と書いてきているが、今回のこの論考は私の新たな中国論になっている。

「中国との友好親善のために」:http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/tyuusin.pdf
「習近平に期待するもの」:http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/syuukin.pdf
「習近平の可能性」:http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/syuukanou.pdf
「近代国家の責任」:http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/kinkokkano.pdf

中国は、現在、無神論の立場に立っているが、それを180度転換して、積極的に民族の宗教の保護育成を図らなければならない、というのが私の結論である。近代国家の責任を果たすために、

習近平はそろそろ毛沢東を超えなければならないという訳だ。

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