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2016年7月 2日 (土)

淮南子(その6)

淮南子の思想について(その6)
なお、松岡正剛は、 金谷治の「淮南子(えなんじ)の思想・・・老荘的世界」(1992年2月、講談社) について、つぎのように述べている。すなわち、
『 本書は『淮南子』をめぐる数少ない好著である。とくに淮南王の悲劇の淵源と『淮南子』にひそむ老荘的思考についての指摘において、先駆的な一冊だった。もとはサーラ叢書(平楽寺書店)として50年前の1959年に刊行された。金谷治さんは東北における中国思想史研究の牙城を淡々と築いた人で、岩波文庫の『論語』『荘子』『孫子』『韓非子』の訳業をはじめ、老子、孟子、易、諸子百家、荻生徂徠にも造形が深い。『中国思想を考える』(中公新書)など、きっと初心者に恰好だ。』・・・と。

金谷治は東北の人である。そしてその東北は「辺境の地」である。「辺境の地」とは、中央の文化の及ばない遠隔の地をいうのではない。中央の文化の影響を受けながらも、古来からのその地域独特の文化を有している地域のことである。日本の中でいえば、その典型的な地域が東北である。東北の文化、それは、中沢新一いうところの「野生の文化」であるが、宮沢賢治などの感性豊かな人には「野生の感性」が息づいているようだ。金谷治も東北の人で、そういう「野生の感性」があるのだろう、哲学者として「辺境の地の持つ力」というものが自ずと判っていたようだ。

金谷治の書いた「淮南子(えなんじ)の思想・・・老荘的世界」(1992年2月、講談社)を読んで私がいちばん強く思うのは、老荘思想のような物凄い思想が何故あのような「辺境の地」に誕生したかということである。それは、私の思うに、グノーシスの力による。金谷治は、そのことを知っていて、「淮南子(えなんじ)の思想・・・老荘的世界」(1992年2月、講談社)では、その点に力点を置いて解説しているように思えてならない。

グノーシスについて:http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/gunousisuni.pdf


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