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2016年6月28日 (火)

明恵(その20)

明恵について(その20)
(6)明恵の一生 (その3)
明恵は、承久の乱のとき,公縁の妻女などをかくまい捕らえられたが,かえって北条泰時の帰依をうける機縁となった。また公縁の妻女は善妙寺にあって明恵について出家し,仏道修業の指導をうけ,高山寺尼経といわれる小冊子本の《華厳経》(40巻本)が残っている。

釈尊を追慕し名利をいとった高潔な行状は多くの人々から尊崇された。その中には九条兼実・道家,西園寺公経,藤原定家や北条泰時,安達景盛らがおり、笠置寺の貞慶,松尾寺の慶政などとも親交があった。

法然の浄土教に反駁した《催邪輪(さいじやりん)》をはじめ,《華厳唯心義》など《華厳経》に関する著作が多く,《四座講式》はことに著名である。若いころからたびたび夢想を受けて〈夢の記〉を伝え,また栄西より茶の実を得て,栂尾に茶を植えていわゆる〈栂尾茶〉を栽培した。

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