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2016年6月18日 (土)

明恵(その14)

明恵について(その14)
(4)明恵と法然の宗教論争 (その2)
それでは、明恵の「あるべきようは」の思想が、どのように法然の考えと違うか、それを勉強するとしよう。しかし、それを始めるにあたって、少し述べておきたいことがある。その後で、明恵の「あるべきようは」の思想が、どのように法然の考えと違うか、それを勉強するとしよう
  私は、拙著「劇場国家にっぽん」において、最澄と徳一の宗教論争に触れ、『  ここでは「唯識」への深入りはあえて避けるが、「違いを認める文化」に関連して、もっとも重要な点をもういちど述べておきたい。唯識では、人間はマナ識の違いによって生まれながらにして自ずと違いがあるし、教育環境などの違いによってアーラヤ識の薫習(くんじゅう)に差がつくので、後天的能力にも差がついてくると考えている。 つまり、こういった人の違いというものを充分認識して修行方法を考えるべきだというのが法相宗の考えである。徳一と最澄の論争の勝敗は別として、こういった「人の違い」というものに焦点を当てた宗教論争が行なわれたというその歴史的意義は実に大きいと思う。そして、私は、徳一こそわが国の「歴史と伝統・文化」を受け継いでいると思うし、もし、わが国の「歴史と伝統・文化」の心髄が「違いを認める文化」にあるのだとすれば、徳一に関する研究が各方面でもっと行なわれなければならないのではなかろうか。』・・・・
と述べた。

 また、ホームページ「桃源雲情」では、最澄と徳一の宗教論争について相当の時間をかけて勉強した。私の真骨頂であると言えるかもしれない。そのなかで、私は、『 徳一の歴史的価値はいうまでもなく最澄との「三一論争」にあり、私は、法相宗「唯識論」と相まってこの論争の重要性がもっと叫ばれて良いのではないかと考えている。源信の評価によって「三一論争」の最終決着が図られたとされているが、そんなことはない。「唯識論」の21世紀的発展と相まって「三一論争」の再評価がなされて然るべきではないかと思うのである。イスラム教原理主義やキリスト教原理主義は判りが良いかも知れないが、「平和の原理」としてはダメである。最澄や法然もこれ又然り・・・である。違いというものは認められなければならない。 私の考えでは、かかる観点から、「三一論争」自体極めて高い歴史的価値を有しており、徳一研究は、「三一論争」にその重点が置かれて当然だと思うのだが、高橋富雄が指摘するように、仏教哲学と古代信仰の結びつき・・・・・、これはとりもなおさず徳一の目指した宗教改革だが、私には、これも又、極めて高い歴史的価値を有しているのではないかと思えてならない。 』・・・と述べた。

 そして、さらに、『 私は、キリスト教やイスラム教などと同じように原理主義と呼んでもいいかと思うのだが、阿弥陀仏に対する絶対的な信仰というものはえてして他の宗派を認めない、まあ言うなれば排他的な宗派とならざるを得ないのではないか。事実、法然は明恵と、三一権実論争を上回る激しい宗教論争をしている。原理主義は妥協を許さないのである。キリスト教もそうだし、イスラム教もそうです。日本人の感覚からすれば、いい加減だと言えばいい加減なのだが、まあ何でなければならないということはない。日本の神は「やよろずの神」・・・・。原理原則にこだわらないのである。唯識というのは、人間そのものに違いがあるので、救いの方法もいろいろあるということを、理論的に明らかにしているのではないか。  』・・・と述べておいた。 ! 法然は明恵と、三一権実論争を上回る激しい宗教論争をしているのである。いよいよ法然と明恵の宗教論争を勉強するときがきた。いよいよである。袴田憲昭の「法然と明恵」(1998年7月、大蔵出版)を教科書としてこれからの勉強を進めて行きたい。ただし、あらかじめ言っておくが、彼と私とは、根本的に違う思想を持っているようであり、法然や明恵に対する評価はまったく逆なものとなっている。

さあ、それでは袴田憲昭の「法然と明恵」の勉強を始めよう。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/hakama01.html

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