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2016年6月 6日 (月)

明恵(その2)

明恵について(その2)
(1)栂尾の高山寺
  鎌倉初期の僧、明恵がこんな面白い詩を残している。 !    

「あかあかやあかあかあかやあかあかや      
あかあかあかやあかあかや月」

明恵は承安三年(1173年)、紀州有田に生まれた。八歳のとき両親と死別し、その後、京都の神護寺に入門して修学に励んだ。のちに後鳥羽上皇から賜わった京都西北の栂尾(とがのお)の地に高山寺を創建し、また東大寺の学頭にもなった名僧である。 ! 月をこよなく愛し、月を歌った歌が多いため「月の歌人」とも言われている。自撰の歌集『遺心和歌集』があり、これを中心に弟子高信が編んだ「明恵上人集」もある。この歌は一風変わった歌だが、月の明るさ、清らかさ、さらには、求道一途の彼が理想とする、人のあるべき姿を詩ったものという説が一般的である。 !
 ともあれ、この歌は理屈抜きで味わってほしいものである。京都は栂尾(とがのお)の高山寺、その石水院だからこそ、この歌が生まれたのだと思う。
http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/toganoo.html

月の光を味わうのにあれ以上の「場所」があるとは思えない。庭に面した石水院の廊下。廊下に座禅しているとまぶたに月の光が入ってくる。座禅を終わってふと見上げると、空には月がこうこうと輝いている。高台であるために塀の向こうは東の山まで何もない。ただ月の光があるのみである。東の山は遠くもなく近くもない。その空間には月の光が満ちている。庭を前にしてあの広い縁側で座禅を組んでいると、仲秋の明月には特にこのような感覚になってくるのではないか。それが自然である。月の明るさを感じたままに歌う明恵の、飾らない人柄がよく現れていると思う。

「あかあかやあかあかあかやあかあかや !      
あかあかあかやあかあかや月」

私は石水院の「月の光」を想像するだけですが、それを想像しながら、この際、「月の光」というテーマで、ネット検索してみました。残念ながら明恵の歌のイメージと合致する画像は見つかりませんでしたが、美しい画像がいくつか見つかりましたのでここに紹介させていただきます。 !
http://kuniomi.gr.jp/geki/iwai/tukihikari.pdf


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