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2016年6月17日 (金)

日中友好親善(その12)

日中友好親善(その12)

おわりに(その1)

この論文の第1章第2節「靖国参拝の問題」で述べたように、天皇は「日本の歴史と伝統文化」の象徴であるが故に、わが国民統合の象徴なのである。私達は天皇とともにそういう「日本の歴史と伝統文化」を今後とも末永く引き継いでいかなければならない。それが「日本の精神」だ!
日本国民統合の象徴である天皇が靖国神社に参拝されない、このことは由々しきことであると私は思う。政治家にはこの由々しき事態を真剣に考えてもらいたいのだ。中国がどうのこうのということではなく、公式参拝などとんでもないことである。さらに私は、国会議員の靖国参拝すら大いに問題があると考えている。天皇が参拝されないのに何故国会議員が参拝するのか?

私は、天皇に特別の親しみも持っているし崇拝もしている。崇拝しているが故に、『天皇と鬼と百姓と』という電子書籍を書いたのである。天皇のいやさかを祈ってのことである。
http://honto.jp/ebook/pd_25249961.html

そのような私の感覚から言えば、天皇が靖国参拝されるのなら私も参拝するけれど、天皇が参拝されないのに参拝するなどいうことはとんでもないことである。したがって、私の感覚から言えば、国会議員はできるだけ早く天皇が靖国参拝できるような状況を作るべく努力すべきであって、今の状況下で靖国参拝をするなどとんでもないことである。

天皇制にも関連して、 佐伯啓思の「正義の偽装」(2014年1月20日、新潮社)というまあ驚くべき本が出た。佐伯啓思はものの見方が確かである。私が大いに教えられる思想家は中沢新一と佐伯啓思の二人であり、その二人の著書はほとんど全部読んでいる。今度はどんな本が出るのか、いつも心待ちに待っているが、ようやく佐伯啓思の新しい本が出た。それが「正義の 偽装」であるが、これは画期的な本である。あるべき政治形態として民主主義が世界を闊 歩しているが、彼は、民主主義に疑問を投げかけ、出版社をして「民主主義の断末魔が聴こえる」と言わしめている。ともかくすごい本だ。
「明治憲法は、統治の基本、国民(臣民)の権利、義務などを天皇 の名で示した。そのために憲法の正当性天皇制度に委ねられ、天皇制度の正当性は日本の 歴史そのものに帰着する。」という佐伯啓司の指摘は極めて重要な指摘である。我が国 は、律令国家という国としてのきっちりした形が定まって以来、天皇を中心に歴史を刻ん できた。したがって、天皇は、我が国の歴史と伝統文化の象徴であり、天皇の正統性は、 佐伯啓司の指摘どおり日本の歴史そのものに帰着するのである。
日本の国の形、「国体」というものは、天皇の権威と政治の権力の複合形態である。この認識がもっと国民の間に浸透していけば、西洋型民主主義とは一味違う日本型民主主義が成熟していく、と佐伯啓司は言っているのだ。私もまったく同感だ。日本の場合、政治権力の横暴を抑制するのは天皇の権威である。

天皇の行われる行事はさまざまだが、人々の心に大きな作用を及ぼし、公のために尽くす 精神を生じせしめているのだと思う。佐伯啓思は、「日本の場合、政治権力の横暴を抑制するのは天皇の権威である。」と言っているが、今の政治家は天皇の権威というものにあまりにも鈍感だ。佐伯啓思の「正義の偽装」を下敷きに展開した私の天皇論を是非じっくり政治家にも読んでもらいたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/tennouron.pdf



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